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エソ基礎2月後半:白魔術と黒魔術

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『トランスヒマラヤ密教入門』第4巻真理の実践、第2章瞑想の科学の後半の項目は以下の通り。

12テレパシー、13語る言葉、14力の言葉、15大祈願、16白魔術と黒魔術、
17闇の勢力、18迷える魂、19エレメンタル、20デーヴァ、21アグニ、22物活論

いよいよ怪しい感じではあるが、おそらく多くの人々は、なんとなくそそられているのではないだろうか。

ここでのチョイスは、やっぱり、白魔術と黒魔術。ホワイトマジックvsブラックマジック。

昨日の神尾先生の王道ブログでのトピックでもあったが、ここでは、その後に続く部分を引用してみる。先に王道ブログを読んでね。


「結局のところ、魔術師の区別に関係して、善の法則の魔術師は物事の魂を扱うと簡潔に言ってもよいであろう。そして、彼の闇の兄弟は物質様相を扱うと。」
(TH第4巻第2章16.白魔術と黒魔術 P172:『宇宙の火』より)

王道ブログでの引用の最後の部分に、黒魔術は、「太陽系ロゴスの全体的な目的に貢献している・・・」とあった。高次の次元から見れば、黒魔術も必要悪。だから、黒魔術師は、闇にいても兄弟なのだ!

そう!兄弟なのだ。それは、以下を読めば明らかになる。


「闇の兄弟たちは間違いを犯し、道に迷っているが、-このことを常に覚えておきなさい- 兄弟であり、遥か遠い、非常に遥か遠い地へと迷い込んでしまっているが、依然として唯一なる父の息子たちである。彼らにとって帰り道は非常に遠いが、進化の慈悲が遠い未来の周期において必ずや彼らに帰還の道を辿らせるであろう。」
(TH第4巻第2章16.白魔術と黒魔術 P173:『秘教瞑想に関する手紙』より)

思わずハートマークを描いてしまった!なんて素敵!大いなる愛である。

以前に、「失敗はない」と書いてあった。間違い、、は犯してしまうかもしれないけれど、それも意味のあることなのであろう。必要悪、、なのかもしれない。

救われない魂はない。
いつでも、どこからでも復活はできるのだ。(時間はかかりそうだけど、、、)
望みを捨ててはいけない!


「具体マインドを過剰に高め、それが高位我を断続的に締め出すのを許した人間は誰であれ、左手の道に迷い込む危険性がある。多くの人々が迷い込むが・・・戻ってくる。そして、一度火傷した子供が火を避けるように、将来において過ちを避けるようになる。結局のところ、闇の兄弟になってしまうのは、警告と苦痛にもかかわらず固執し続ける人間である。」
(TH第4巻第2章16.白魔術と黒魔術 P173:『秘教瞑想に関する手紙』より)

ダークサイドへは、誰でも陥る危険性がある。
これは、自分への戒めでもあるが、また、いわゆる「悪いだろう人」を「悪者」として扱ってしまうことについて考えさせられる。「悪い」にはいろいろレベルがあるにせよ、「悪い」こと(人)に対して、切り捨てたり、嫌悪感や恐れを抱くのではなく、懐深く包み込むような捉え方をすべきなのだろう、、と思うのである。
兄弟だから。

とはいえ、次の一文を読むと、そんなあり方もきれいごと、、、に思えてくる。


「闇の兄弟は、自分がどのような苦痛を与えるかを考えず、対立者にどのような心の苦悩をもたらすかを気にかけず、自らの意図に固執し、男性であれ、女性、子供であれ、誰を傷つけても、もしそれが自分の目的を促進するのであれば、思いとどまることはない。光のブラザーフッドに敵対する存在からどのような容赦も絶対に期待してはならない。」
(TH第4巻第2章16.白魔術と黒魔術 P173-174:『秘教瞑想に関する手紙』より)

かなりはっきり書いてあるね。苦笑してしまう・・・

これは、両者にとっての試練なのかもしれない。
闇の兄弟たちは自らがどのように帰還の途に戻るのか(今じゃないにしても)、そして、光の兄弟たちは、彼らとどう対峙するのか。


「物質界と情緒界において、闇の兄弟は光の兄弟よりもパワーがある‐パワーそのものではなく、見かけ上のパワーであるが。なぜなら、白色の兄弟たちは、この二つの界層では自らのパワーを闇の兄弟たちのように行使しないことを選択しているからである。彼らは自らの顕現を行使できるが、自制し、退化のパワーではなく進化のパワーを扱うことを選択した。」
(TH第4巻第2章16.白魔術と黒魔術 P174:『秘教瞑想に関する手紙』より)

ダークサイドは、いつも魅惑的である。そして、こちらに迫ってくるのである。
そう感じるのは、光のパワーが、いわゆる”マーケティング”してこないからである。
これもまさしく、私たちに対するテストに違いない。

このテストをどう乗り切るのか。闇のパワーからどう「保護」できるのか。 


「1 すべての諸体の純粋さが第一に必要であるという認識。もし闇の兄弟が誰かを支配するならば、それは、その生涯においてその人間に弱点があることを示しているに過ぎない。侵入を引き起こす扉は人間自身が開けているのである。・・・

2 すべての恐怖心の除去。・・・侵入の要因は人間自身の恐怖心であり、人間が・・・扉を開けてしまうのである。

3 何が起ころうとも、しっかりと揺るがずにいること。あなた方の足が地上の泥に浸されていても、頭は高位領域の日光を浴びることができる。・・・

4 常識の効能を評価し、この常識を当面の問題に適用すること。睡眠を十分にとり・・・情緒界を活気に満ちた状態に保ち、内的平静を達成しなさい。」
(TH第4巻第2章16.白魔術と黒魔術 P174-175:『秘教瞑想に関する手紙』より)

そして、こう続く。


「情緒的な平穏の育成が、白魔術師に求められる準備を達成するための第一歩である。・・」
(TH第4巻第2章16.白魔術と黒魔術 P175:『宇宙の火』より)

恐れてはいけない。

しっかり寝て、心を落ち着かせ、恐怖心を取り除く。
簡単ではないけれど、私たちの頭で理解できる言葉で語られているし、とりあえずは、想像の範囲を超えないことをしていけばよいらしい。


それでは、まず、しっかり寝てみるのは、どうだろうか :-)





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# by phytobalance | 2017-02-23 23:03 | アリス・ベイリー・AB

エソ基礎2月前半:想念形態

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『トランスヒマラヤ密教入門』の学びもあと2ヶ月。
第4巻真理の実践、第2章瞑想の科学に入った。

秘教では、瞑想と奉仕が成長(進化、、、)のための重要な行為。
その瞑想の科学の章の前半の項目、
1瞑想、2内的訓練、3象徴、4訓練:肉体の、5呼吸法、6食事、7創造者、建設者としての人間、8心象化、9想念形態、10想念形態の形成:その規定、11思考の力
を学んだ。

秘教ではいつもなんだけど、この項目(例えば、瞑想の科学)に、なんでこれらの小項目が入ってくるのか、、と、違和感を覚えるのだ。今回もそうだったのだが、読み進めるうちに、そもそも「瞑想」そのものの位置づけや目的をあまり理解していなかったな、、ということに気づいた。まぁ、何をちゃんと理解したかは定かではないが、なんか、新しい視点で瞑想というものが見えてきたような(まだ咀嚼できてない)。

瞑想の科学の章だけど、あえて「瞑想」のところからの引用は避けて、エネルギーについて考えさせられる2つの項目から。


創造者、建設者としての人間  Man as Creator and Builder

「人々が無力である理由の多くは、彼らの注目が集中されず散漫であり、一つのことに没頭しないためである。彼らはエネルギーをまき散らし、彷徨うあらゆる欲求を満足させ、起こるすべてのことに手を出そうとする。そのため、彼らが考えるどの様な考えも適切な形にならず、エネルギーが適切に与えられないのである。」
(TH第4巻第2章7.創造者、建設者としての人間 P135:『魂の光』より)

これは、本日神尾先生が『王道ブログ』でも引用されていた文だけど、まさに自分のことだな、、と、チェックしていた箇所。私事で恐縮だが、企業で働いていた時も、そうでない時も、時に自分の意図とは無関係(!)に、複数のことに携わる傾向にある人生を歩んでいる。大変だけど、それは非常に楽しくもある。また、様々な分野に携わることによって培われる視野や視点があって、それは新たな知識や知恵、理解をもたらすので有り難いことだな、くらいに思っていた。しかし、確かに集中できないことしばしば。間違いなく。だから大変なのである。しかも、「エネルギーをまき散らし」とか「無力である理由」などと言われると、、ん、、考えさせられる。自分では魂(?)が共鳴したことだけやっているつもりなのだけど、結局、欲求を満足させているだけ???熟考せねば。


想念形態  Thought-Forms

「人間はいつでも想念形態を組み立てている。・・・人間は語り、そして非常に変化にとんだマントラムを生み出す。このようにして生じたエネルギーが、彼の思考のための形態を建設し続ける非常に多くの小さな生命体を活動させる。・・・このとき、人間は無意識のうちにこれらマントラム的な振動を引き起こしているが、音の諸法則とそれらの効果には無知である。つまり、自分が進めている秘教的な作用を彼は知らないのである。・・・」
(TH第4巻第2章9.想念形態 P138:『魂の光』より)

これは、思考はエネルギー、エネルギーは思考に従う、、ということの理由のひとつだろう。効果の強弱はともかく、思考が無意識的にも振動を起こし、他に影響を与えるということだろう。気を付けなくてはならない!それは、次の引用文からも考えさせられる。


「いま世界に存在する悲惨に思える多くのものの直接の原因は、人間によるメンタル物質の誤った操作にある。
 人類の特徴になってきた利己主義、強欲な動機、邪悪な衝動への即座の反応、これらが太陽系において他に匹敵するものがない状態を生じさせている。巨大な想念形態が人類全体を覆っている。それは、至るところの人々によって幾多の時代を通して築かれ、常軌を逸した欲求と、人間の性質の最悪のすべてにある邪悪な傾向によって活気づけられ、人間の低位の欲求による鼓舞によって生命を維持されている。この想念形態は、人間自身が分解し消散しなければならない。」
(TH第4巻第2章9.想念形態 P138:『魂の光』より)

社会のあらゆる状態は、私たちが作りあげてきたもの、、、もちろん、そうなのだけど、恐ろしい部分は、私たち自身が気づかない形で、私たちの弱い部分だったり、ダークな部分がエネルギーとして共鳴し、よろしくない想念形態を強化し、巨大化してしまうこと。そして、その想念形態が取り巻く環境で、私たち自身が苦しい生き方を強いられる。そして、その苦しさ、辛さに伴う振動をし、周囲とまた共鳴していき、想念形態は強化される。まさに、魔のサイクル、、。それは、振動するエネルギーの共鳴によって起こり、継承される。

そう考えると、悲惨な状態をいくらかでも緩和していくためには、私たち自身をより清く、正しくしていくしかないように思う。躊躇するような表現をしてしまったが、でも、そうしていかないと、既に社会に蔓延している邪悪な想念形態に、どんどん共鳴してしまうのである。清く、正しく、、ということだが、偽善でもいけない。偽善は人を騙せても、エネルギーを騙せないから。そして、共鳴してしまうのは自分である。

人はいろいろで、それぞれの生き方をすればよいのだけど、そして、誰でもダークな部分も邪悪な部分も多少なりともあって、簡単には清く正しくばかりで生きられない。でも、もし、悲惨な状態を少しでもなんとかしたいのであれば、邪悪な想念形態に共鳴しない自分自身を作り上げていかねばならないのではないだろうか。

この文から、そんなことを考えた。






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# by phytobalance | 2017-02-12 12:38 | アリス・ベイリー・AB

『チャクラ情報徹底探究』に潜入!

「チャクラ」については、これまで何度となく様々な本を読んできた。

チャクラの概念を最初に私に教えてくれたのは、ダンス・スタジオの先生だった。

大学3年生も終わる頃、リーグ戦を終え、大学生活の中心だった体育会硬式庭球部を引退した。そろそろ就活(当時はそんな言葉はなかったが)を気にしなくてはならない時期だったが、毎朝6時から、日替わりでバレエ、ジャズダンス、タップダンスのクラスがあるダンス・スタジオに通い始めた。平日ほぼ毎日、始発に乗り池袋まで通った。大人が初めてクラシックバレエを学ぶには、一ひねりも二ひねりも必要。そこでは、骨格や筋肉の構造を説明しながら、基本姿勢やポジション、動きを、そして、おそらくエネルギーの流れも(!)教えてくれた。そんな教えの中で、私はチャクラというものに出会ったのである。

そんな頃、銀座の中央通りにあった福家書店で、リードビーターの『チャクラ』を見つけた。チャクラという存在を多少なりとも理解し、「チャクラを見える人に見られたら恥ずかしいな、、」「見えるようにならないかな、、」と、思ったものだった。

それから数十年の時を経て、驚くことに、チャクラやオーラを扱うエネルギーワーカーとなっていた。そして、今年からは、『エネルギー医学基礎講座』なるものを教えることまでしている。ここ数年は、次元を超えた世界観をもたらす神智学系「秘教」の枠組みにおいて、新たな角度からチャクラを学ぶに至っていた。

秘教を学ばせていただいている神尾学先生が新たに『チャクラ情報徹底探究:3つの様相の比較研究』なる講座を開講するという。神尾先生のチャクラの3つの様相からのアプローチは、彼の『エソテリックヒーリング(秘教治療)』の講座で学んでいたが、今回は、チャクラの解釈における新たな大発見を披露してくれるというのだ。『エネルギー医学基礎講座』のテキストを作成するにあたり、チャクラを復習していたばかり、ということもあり、参加させていただくことにした。

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3回シリーズの第1回目は、バーバラ・ブレナンの『光の手』に解説されているチャクラを学ぶ。『光の手』は何度となく読んでいるが、秘教や、エネルギーを理解するために独学を続けている量子論をいくらかでも理解するようになってからは、深くは読み直していない。今回、神尾先生は『光の手』、続編の『癒しの光』をばっちりと読み込み、大発見までしたのだ。期待は高まる!

受講者は、皆、秘教を学んでいることもあり、冒頭から、秘教とのつながりがもれなくついてくる。この講座は、単なる書籍の解説ではない。大きな視野で捉え、ブレナンの言うチャクラの歴史的位置づけや、秘教における解釈、エネルギー的メカニズムなど、話はどんどん広がり、深まる。

『エソテリックヒーリング』の講座で学んだ時とは、スケールも勢い(?)も違う。

「ブレナンをちゃんと復習しておけばよかった、、」と悔やまれる。と、同時に、今では、秘教的エネルギーのメカニズムの理解もあるし、量子論から学んだ素粒子の存在や振る舞いも感覚的には分かる。すると、ブレナンが説明しているチャクラやヒューマンエネルギーフィールドが、立体的に見えてくるのだ。

ブレナンが言うエネルギーフィールドの秘教的階層構造における位置づけは、『エソテリックヒーリング』講座でも学んだが、神尾先生が今回新たに理解したというブレナンでいうエネルギーフィル―ド7層と秘教でいう階層との「対応」、チャクラを介してトーラス的に流れるエネルギーの3つの軸については、私の実体験と照らし合わせてみても腑に落ちるもので、唸ってしまった。

秘教でいうエーテル界より上の階層は、量子の世界として広がっていると何となく感じていたが、その考察を深めることもできた。

階層構造が果てしなく繰り返される中でのチャクラの位置づけ、そして、チャクラと各階層との関係性とエネルギー的な機能などの神尾先生の大発見は、時間をかけてゆっくりと消化していきたい。

光の手』と『癒しの光』では、ブレナン自身のチャクラに対する認識に変化があるという先生の指摘は、久しぶりにこれらの書籍と新たに向き合う必要性を感じさせた。ブレナンは今年の7月に、”Core light healing”という待望の続編を出版する予定である。それまでに、もう一度読まなければ!

Core Light Healing”によって、現在の神尾解釈が裏付けられるか、新たな発見へと導くのか楽しみでもある。いずれにしても、秘教の視点から、ここまでブレナンの解釈を説明している例も海外でもないのではないかと思う。

久々に討議を続けたい、、と感じさせる、難しいながらも楽しい時間だった。
改めてチャクラの理解を深めたい、、と思ったのだった。




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# by phytobalance | 2017-02-05 21:04 | アリス・ベイリー・AB

エソ基礎1月後半 金銭!

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『トランスヒマラヤ密教入門』第4巻真理の実践、第1章「道を歩む上での心構え」。
その後半を学んだ。

17無害性、18自由意志、19放棄、20サンニャシン、21金銭、22与える、
23苦痛、24批判、25失敗、26恐れ、27心配と苛立ち、28性の問題

と、心構えることが続く。

いろいろな意味で一番心に響くのは、「無害性」。
でも、王道ブログにばっちり引用されていたので、是非そちらを読んでいただくことにして、神尾先生の先回りをして、永遠のテーマともいえる「金銭」となんか元気がでそうな「失敗」について引用してみる。


金銭 Money!

「「金銭に対する愛着があらゆる悪の根源である」。この言葉は私たちを人類の根本的な弱点‐欲望という特質‐に立ち戻らせる。金銭はこの結果であり、象徴である。」
(TH第4巻第1章21.金銭.P82:『人類の問題』より)

「あらゆる悪の根源」。あらゆる、、ね。ん、、おそらく。


「欲望は、必要と感じるもの、物と所有への欲望、物質的安楽への、物の獲得と蓄積への欲望、金銭だけが与えることのできる権力と覇権への欲望、これらを満足させることを要求する。この欲望が人間の思考を統御し支配している。それは私たちの現代文明の基調である。それはまた、人間の生命、冒険心、品位をゆっくりと絞め殺すタコである。それは人類の首に巻かれた挽臼である。」
(TH第4巻第1章21.金銭.P82:『人類の問題』より)

ズバッと来たね。
ま、欲望は今はあって仕方ないとして、、。「生命、冒険心、品位をゆっくりと絞め殺す」とは、強烈。はい、はい、おそらくその通りだろうけど、この、「生命」と、「冒険心」、「品位」が並列しているのに違和感がある。特に、「冒険心」??


「しかしながら、金銭への愛着に支配されておらず、より高い価値観の観点から当然のように考えることのできる人々が大勢存在する。彼らは未来の希望であるが、霊的な終焉を迎えなければならない制度に個人として閉じ込められている。彼らは金銭を愛していないが、金銭を必要とし、金銭を持たなければならない。企業社会の触手が彼らを取り囲んでおり、彼らもまた、生きるためには働いて金銭を稼がなければならないのである。人類を助けるために彼らがしようとしている仕事は、必要な資金がなければできないのである。」
(TH第4巻第1章21.金銭.P82:『人類の問題』より)

ははは。その通り。まさに!このような文があるから、秘教、好きだったりする。

いずれ終焉を迎える制度だったとしても、今はその制度の盛隆真っ只中、、(いや、少し、陰りは見えてきているね)。いずれにしても、その中で生きている。
じゃ、どうすべきか、そう問われているのだ(もし、お金を愛していなかったとして)。


「・・・自分のために何も求めない人だけが、金銭的な賜物の受け取り手になることができ、宇宙の富の分配者になることができる。そうでなければ、富が増大しても、富は悲嘆と苦悩、不満と誤用しかもたらさない。」
(TH第4巻第1章21.金銭.P83:『イニシエーション』より)

本当にそうであって、富を得た人々が、非利己的になっていくのがよいのだろけど、ほとんどの場合、そういう風にも見受けられない。まぁ、苦悩や不満はあるのかもしれないけど。

金銭、そして、欲望。

永遠のテーマだ~。


失敗 Failure

「失敗について考えることや失敗を恐れることは、・・大きな時間の無駄である。失敗というものはない。あり得るのは時間の損失だけである。」
(TH第4巻第1章25.失敗.P91:『ホワイトマジック』より)

なんか勇気づけられるな。(時は金なり、、なぁ~んて言わないから!)


「あなた方の生活表現における情緒的な状態の発現つまりグラマーの発現は必ずしも失敗を意味しない。これらアストラル的な状態と同一化し、古いリズムに屈したときだけ失敗である。」
(TH第4巻第1章25.失敗.P92:『新しい時代の弟子道I』より)

そっか!同一化さえしなければ、感情が発現しても、失敗、、ではないわけだ!


「もし失敗したならば、失敗を認めなさい。しかしそのとき、光を仰ぎ見て、唇に微笑みを浮かべ、失敗に背を向け、しっかりと前進しなさい。」
(TH第4巻第1章25.失敗.P92:『新しい時代の弟子道I』より)

ラジャー!


「正当と認められる唯一の後悔は、失敗の教訓を学ぶことに失敗したことに基づくものである。」
(TH第4巻第1章25.失敗.P92:『新しい時代の弟子道I』より)

なぁるほどね。

失敗はない。もし、あったとしても、そこからの教訓を学べばよいのだ。

そう、だから、なんでもやれるはず!
Go for it!



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# by phytobalance | 2017-01-26 23:30 | アリス・ベイリー・AB

エソ基礎1月前半 真理の実践!

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『トランスヒマラヤ密教入門』の学び。
いよいよ最終巻第4巻「真理の実践」に入る!

その第一章は、「道を歩む上での心構え」。
今回学んだその前半の項目は、以下の通り。

1動機、2喜び、3平静、4ユーモアのセンス、5勇気、6非人格性、7無執着、8無関心、9孤独、10グループ関係、11リーダーシップ、12服従、13美徳、14謙遜、15秘教的な盲目、16感受性

そもそも心を構える前に、実践すべき真理の「真理」って、どう定義されているのだったっけ?すっかり忘れている。第2巻にあった「真理」の項を見てみる。

、、と、『トランスヒマラヤ密教入門』は、語句毎にアリス・ベイリーの全著から適切な部分を引用しているのだけど、その語句をビシっと、定義しているわけではない。(読むほどに悩ましくなる場合もある)だから、真理の定義も、今一つビシっと書けないけど、「真理の提示には終わりはない。」とあるように、真理とは、どんどん見いだされていくものらしい。経験を通じて自分の知っている真理があり、でも、それは部分的に正しいだけで、それは、経験や人間が培う概念によって、より大きな真理に包含されていくものらしい。
ん~。ま、いいや。

と、いうことで、構えるべき心とはどんなか、いくつか引用してみる。


「動機は雑多であることが普通である。純粋であることは稀であり、もし純粋であるならば、常に成功し達成するであろう。ここで言う動機の純粋さとは、完全に利己的で個人的なものである場合、また非利己的で霊的なものである場合にも当てはまる。・・・その効果は、意図の純粋さと目的への専心の程度によって決まる。」
(TH第4巻第1章1.動機.P28:『ホワイトマジック』より)

意図の純粋さと目的への専心。なるほど。なかなか厳しい。
物事を成せてないのは、意図が純粋でないから、その目的への専心度が低いから、、ということになろうから。
な~るほど。(はぁ~^^;)

でも、利己的で個人的なものであったとしても、意図が純粋で専心すれば達成できる、、ということ。
これも、なるほど~、だな。


「喜びのあるところにグラマーや誤解の入る余地はない・・・」
(TH第4巻第1章2.喜び.P29:『新しい時代の弟子道I』より)

グラマーは感情的な幻想のこと。グラマーによって、真理が覆い隠され、魂とのつながりへの道が阻まれる。感情に支配されている現代の私たちは錯覚していることすら気づいていない。しかし、喜びがあれば、グラマーが入る余地がない!という。なぜかというと、

「・・喜び。これは魂の特質・・」
(TH第4巻第1章1.喜び.P30:『ホワイトマジック』より)

喜びこそが魂の特質であり、喜びを持つことで、魂とのつながりへの道が広がってくる、、から、だそうだ。
でも!

「喜びのためにではなく、喜びに向かって働きなさい。報酬のためにではなく、援助したという内的な欲求によってはたらきなさい。感謝されるためにではなく、ヴィジョンをみたことによって起こる衝動とそのヴィジョンを地上にもたらすためにあなた方が果たさなければならない役割を認識したことにより働きなさい。」
(TH第4巻第1章1.喜び.P29-30:『ホワイトマジック』より)

グラマーなどによって惑わされた動機や目的ではなく、内から出てくる欲求や衝動に沿って行動することが、喜びへと導く。純粋な動機無くして物事が達成できないのと同じように、惑わされた欲求を満たしても、喜びをもたらすことはないのであろう。


「平静(serenity)と平安(peace)は同じものではない。平安とは、常に一時的なものでしかなく、感覚の世界に、そして不安に影響されやすい状態に関係している。前進の一歩一歩が、不安、危機点、混沌に特徴づけられ、それが後に平安の期間へと移行する。これは前進に必然的なものであり、避けられないことである。しかし、この平安は平静ではない。・・・平静とは、・・・情緒的な不安のない深い平穏を意味する。」
(TH第4巻第1章3.平静.P38:『新しい時代の弟子道I』より)

平安、、いわゆるピースは、一時的で、感情や感覚に影響されるもの。そのようなものに影響されない平静さこそが、望まれる心構えということ・・・。これは、先の意図の純粋さや内なる衝動と同じように、感情に影響されない状態、ということなのであろう。


「・・自分が創造したものや創造しようとするものと自分自身を、できる限り同一化しないようにしなければならない。・・・秘訣は、傍観者の、沈黙の観察者の態度を培うことである。この「沈黙」という言葉を強調したい。物質に働きかけて形成しようとするものが沈黙を守るのを怠るために、多くの・・・働きから何も生まれないでいる。時期尚早の発言とあまりに多くを語ることによって、創造しようと試みているものを殺害し、自らの想念の子供を死産させてしまっているのである。世界の場で働くすべての人々は沈黙した無執着の必要性を認識しなければならない。そして、これらの教えを読むすべての人々にとっての課題は無執着な態度を養うことである。」
(TH第4巻第1章7.無執着.P45-46:『ホワイトマジック』より)

執着することは、感情に密接に関係しているように思う。成したこと、成そうとしていることを声高に叫ぶことによって、執着が生まれてしまい、グラマーを強化してしまい、純粋さがますます失われてしまう、、ということなのだろう。つまり、魂とのつながっていく方向に逸れてしまうのだ。執着すること、また、「自分」が成したもの、、という思いを持つこと(同一化)で、高次からもたらされた閃きやアイディアを適切に顕現できなくなってしまう・・・。

「何も生まれない」「殺害」「死産」とは厳しい指摘だが、本来よきものが生み出されるのを、自らが劣化させている、、ということなのだと思う。

「沈黙」ねぇ。今の世の中、SNSなどで表現するのが普通になってきているし、アイディアを広めるツールだし、また、様々な機会を提供しているのも事実だし、この「沈黙」と、どう対峙すべきか、、なかなか難しい。
まさに、熟考すべき点なのだろうね。





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# by phytobalance | 2017-01-12 23:25 | アリス・ベイリー・AB

ホワイトマジック

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ホワイトマジック。

この怪しげで魅惑的な響きは、探究心とは異なる不思議なエネルギーで心を乱す。

白魔術・・・日本語だと尚怪しい。

『ホワイトマジック』とは、何か。
以前にブログで紹介した、アリス・ベイリーによる神智学系秘教の論文のひとつ。


アリス・ベイリーの秘教に関しては、『秘教治療』を2010年から神尾学スクールで1年間学び、2015年から再び1年間学んだ。2ラウンドしたところで、なんとなく『秘教治療』の大枠や方向性がつかめた感があった。しばらく秘教の学びはいいかな、と思っていたところだった。そんな時にホワイトマジックの勉強会へのお誘いを受けた。

しばらくはいいかな、と思っていたのに、『ホワイトマジック』を読み進めるうちに、秘教への見方が変わった。やっぱり、秘教は真実への道筋なのかもしれない、と。であれば、もっと知りたい。


ホワイトマジック(白魔術)とは何か。

それは、啓示を降ろすための術である。
と、言えば、怪しすぎるだろうか。

それは、人類の発展へと導く沢山の素晴らしい発明やアイディアの閃きをうけ、それを実現していくための方法である。
と、言えば、なんとなく魅力的ではないだろうか?

それは、自分探しのゴール、または、自分の本当にやりたいこと、または、使命、を見つけるため、つまり、自分の本質(つまり、魂)に出会うための道筋である。
と、言えば、かなり興味を持つだろうか。

それは、より精妙なエネルギーを感受できるようになり、より高い波動で生きる道である。
と、言えば、ヒーラーやエネルギーワーカーは、無視できないのではないだろうか。


実は、ブラックマジック、つまり、黒魔術なるものも存在するらしい。
それは、ホワイトマジックと似たような雰囲気で私たちの周りを取り巻く。
魔術も似ている。ほぼ同じようなものもあるかもしれない。
決定的に違うのは、方向性である。
黒魔術は、下の方から放たれるエネルギーにより、より物質世界へ、より重い波動へと私たちを導く。
黒魔術は、多くの私たちにとって魅力的であり、心地よい。
何故なら、私たちは、物質をまとい、物質に価値を置く世界に生きているから。

ますます怪しい、、感じ?(怖い??)


でも、そんなことはない。
『ホワイトマジック』では、まだまだ面食らうような概念が繰り広げられているが、『秘教治療』よりは、おそらく読みやすく、とても面白い。私たちの社会で起きていることや、日々の生活や仕事で直面することに対して、鋭い解釈を突き付けてくる。自分を振り返り、人々を思いやり、社会を考える深遠な指南書である。沢山の戒めも登場する。

ドキッとするようなことも書かれているし、チクリと、もしくは、グサッと刺されるようなことも書かれているけれど、何故か腑に落ち、内省へと導く。でも、やっぱり面白いのである。ちょっと笑えたりもする。あまりにも、私たちにとっての現実生活、現実社会そのものが書かれているから。気づくとその鋭い解釈に魅了されている。


ホワイトマジックは、人類、そして、すべての生命、物質をも進化させる術である。

でも、それは、また、私たちが日々より良く生きていくためのガイドラインでもあるのだ。


ホワイトマジック、使ってみたくなってきた?




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# by phytobalance | 2016-12-30 12:04 | アリス・ベイリー・AB

エソ基礎12月後半! LOVE & LIGHT!

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『トランスヒマラヤ密教入門』第3巻意識の進化もこの回で終わり。
2016年最後のテーマは「愛」と「光」。

でも、、「愛」について引用したい箇所は、神尾先生の『王道ブログ』でほとんど引用されているので、どーしようかな・・・。多々かぶるが、まぁ、書いてみよう。
復習~。


愛 LOVE

「多くの人々にとって、実に大多数の人々にとって、愛とは実際には愛ではなく、愛したいという欲求と愛されたいという欲求、および、この感傷を表現し呼び起こす何かを行って自らの内的生活をより快適なものにしたいという気持ちの混ざり合ったものでしかない。・・・」
(TH第3巻第5章5.愛p205:『グラマー』より)

私たちが愛だと思っているものは、実は情愛に過ぎない。と、『王道ブログ』でも解説されていた通り。
しかし、それにしても、
「・・この感傷を表現し呼び起こす何かを行って自らの内的生活をより快適なものにしたいという気持ち・・・」
とは、ズブッと刺される。満たされない何かを満たすため、、とも読み取れる。
自分で内省するには、とっても重要な側面かと思う。
何度繰り返してもよいだろう。マントラのように!!


「情愛は愛ではない。それは私たちがアストラル体の発揮を通して表現する欲求であり、この活動が私たちの接触に影響を与えている。・・・この感傷のグラマーが世界の親切な人々すべてを束縛して狼狽させている。」
(TH第3巻第5章5.愛p205-6:『グラマー』より)

ここでいう「接触」とは、「魂」との接触、、と解釈してよいだろう。
「グラマー」とは、アストラル界(感情)と関係する錯覚のこと。

まぁ、一喜一憂したり、振り回される情愛、、、恋愛とか、、が悪いわけではないと思うが、「感傷のグラマーが世界の人々すべてを束縛して狼狽させている」とは、穏やかではないね。「感傷」のグラマーである。男女間もそうであるけど、とかく「愛」を語るヒーリング業界のセラピストは、これを考えていくべきであろう。


「愛とは感傷でも情緒でもない。また、欲求でもなければ、日常生活において正しく行動したいという利己的な動機でもない。愛とは、世界を導き、統合と和合と包括・・・へと導くフォースの行使である。愛とは - 人間の性質に固有の利己性ゆえに - 育成が困難なものである。あらゆる生活状況で愛を応用することは難しく、愛を表現するためにはあなた方は極限まで与えなければならず、利己的な個人活動を根絶しなければならない。」
(TH第3巻第5章5.愛p206-7:『新しい時代の弟子道I』より)

この方向へ進むために、ヒーリングを行うものとしての学びがある。これに尽きるだろう。
こうしなくてはならない、とか、これが正しいとか、良いとか、そういうことではなく、これを目指すかどうかは、全て本人の選択による。
しかし、愛を語りたいのであれば、これを熟考し、この方向へと行動すべきなのだと思う。


光 LIGHT

「秘教徒は、自らの肉体のすべての原子内に光の点があることを知っている。彼は魂の性質が光であることを知っている。永劫にわたって、彼は自らの諸体の中に生じる光を、肉体の原子質料内の光を頼りにして歩む。したがって、物質の光に導かれるのである。後に魂の光を発見する。さらに後に、魂の光と物質の光を融合し混ぜ合わせることを学ぶ。そのとき、彼は光の担い手として、つまり混ぜ合わされ焦点化された物質の純化された光と魂の光として光輝く。・・・・」
(TH第3巻第5章8.光p221-2:『グラマー』より)

エネルギーワーカーやヒーラー達が、よく「Love & Light」と書いているが、それは、前述に書いた意味でのLoveと、まさにここで言っているLightを指している(と思う)。この光となって、この光を世界にもたらすことが、いわゆるヒーラーと言われる人々の大きな役割であろうかと思う。少なくても、それを目指して。


「魂の存在事実がやがて、光と放射に関する研究と光の微粒子内での新たな放出によって証明されるであろう。」
(TH第3巻第5章8.光p222:『秘教心理学I』より)

ここ数年、特にここ1年、エネルギーを理解するために、量子力学を勉強してきた。量子の世界がいくらかでも感覚として掴めきた。そして、多くの研究者たちが長期に渡って研究し続けていることも知ることになった。数々のノーベル賞を受賞するような研究、それにつながるような想像を絶する努力を世界中の研究者が継続している。

彼らの研究の先にあるものは、、、、きっと、魂の存在の証明なのだろう!


Happy & Joyful holiday seasons!

LOVE & LIGHT!!




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# by phytobalance | 2016-12-24 13:42 | アリス・ベイリー・AB

エソ基礎12月前半:エネルギー!!

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『トランスヒマラヤ密教入門』第3巻意識の進化も最終章までたどり着いた。
第5章:光と愛と力。

過去数回の緊張するテーマからすると、ホッとするなぁ~。
今回は、エネルギー♪のところから、いくつかを引用してみる。


「事故、伝染病や感染症を引き起こす傷によるものを除いて、すべての病気は結局のところ、諸センターの状態に起因する。つまり、エネルギーの流れが乱れていたり、エネルギーが過剰に活動し方向性が不適切であったり、エネルギーが欠乏したりし、エネルギーが活用されず、相応の高位のエネルギー・センターへと変性されずに残っていたりすることで起こるのである。」
(TH第3巻第5章1. エネルギーとフォース. P186:『秘教治療』より)

センターとは、チャクラのこと。『秘教治療』でも学んだけど、病気はチャクラの状態によって起きるもの、というのが秘教での認識。それゆえ、『秘教治療』では、将来の医療は、チャクラを診ていくこと、と言っている。

エネルギーの流れの乱れや、過剰や欠乏、については、エネルギーワークを行う根本的な理由なので、こうはっきり書いてあると、エネルギーワーカーとしては、嬉しい、というか、安心する♪


「エネルギーとフォースしか存在しない。これは、秘教科学の基礎になるもうひとつの基本公理つまり決まり文句である。治療に携わっている人々はこのことを認識しなければならない。顕現しているものでそうでないものは何一つ存在しない。」
(TH第3巻第5章1. エネルギーとフォース. P186:『秘教治療』より)

いいわぁ~。こんなにもはっきりと断言してくれて。
そう。全てはエネルギー!

エネルギーとフォースの違いは、いまひとつ、クリアに理解できてない。
エネルギーは魂から流れているもの、とのこと。他の箇所の表記から察するに、さらには、いわゆる神的な高位の意識、そして、多分、その辺のいたるところにあるもの、、と言う感じかなぁ。

一方、フォースはパーソナリティを構成しているエネルギーとのこと。だけれども、エネルギーが渦を成して、ある一定の特性や力を帯びるとフォース、というのではないかと思われる。なぜなら、

「病気そのものが活動的なエネルギーのひとつの形であり、破壊や死をもたらすフォースとして現れているのである。」
(TH第3巻第4章1. エネルギーとフォース. P186:『秘教治療』より)

とあるので。
違うかなー。違ったら、ごめんなさい。


「秘教哲学は次の基礎の上に築かれている。

1 顕現しているもので、組織化されたエネルギーではないものはない。
2 エネルギーは思考に従い、順応する。
3 秘教徒はエネルギーの中でエネルギーを扱う。」
(TH第3巻第4章2. 宇宙のエネルギー. P192:『ハイラーキーの出現』より)

全てがエネルギーで、しかも、エネルギーは思考に従うのだ!
悪しきことを考えない方がよい理由がここにある。しかも、順応すらするのだ。


ともすると、単に「あちら系(どちら?)」の話でしょう、と思う人もいるであろう。でも、人々のエネルギーへの感度が、年々確実に上がっているのは、実体験からわかっている。そして、ここで言うエネルギーと関係するような生命エネルギーについても、科学的な研究が進んでいる。あと数十年もしないうちに、見えないエネルギーへの認識が、今とは全く違ったものになるだろう。

信じない?
でも、10年前はこんなにもスマホ中心の生活になるなんて想像すらできなかったし、25年前はまだブラウザなるものはおそらくプロトタイプがあったかなかったかくらいで、インターネットだって今のようなネットワークではなかったのだ。
今から10年後の世界が、今の私たちの想像を超えることは十分にあり得るのだ。

全てはエネルギーである。
そして、エネルギーは思考に従う。

熟考すべきことだと思っている。




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# by phytobalance | 2016-12-12 20:32 | アリス・ベイリー・AB