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カテゴリ:心・Heart&Soul( 14 )

今できること

回ってきたメールです。
賛同したら回してください。

***

天災は仕方がない。
原発はしょうもない

などとほざいていたら友人に喝をいれられました。

「だから念じろ!福島の火が治まるように!」と

念じる?
初めはそう思いました。


でも!

ハイパーレスキューが東京消防庁から

警視庁から機動隊が放水車と共に

今も自分の命を顧みず懸命の活動を続ける人達が福島原発で活動中です。

退職を半年後に控えた電力会社の方が自ら志願して福島の現場に向かったと聞きます。

お金のためであるわけがない。

仕事のためであるわけがない。

僕たちを
この国を救うため、今、命をほうり投げて懸命に消火を続けるヒト達がいる。

自分の家族と連絡がとれないに被災地で任務にあたる大勢の自衛官、ボランティア!

念を込める。

今、念を込める!

日本中の念を込める!

福島の火よ治まれ

どうか活動中のヒト達が安全であれ!

僕たちは何もできないかもしれない。

けれど、
念なら送れる!

被災地に物資が届きますように!

少しでも気温が上がりますように!

そして、そして、
どうか福島の火が治まるように!

どうか活動中のヒト達が安全であるように!

今、日本中の念を送りましょう!

批判をするよりも!
憂うるよりも!

今!念じましょう!

支援物資が届きますように!

福島の火が治まりますように!

福島で活動中のヒト達が安全でありますように!・・・と

***
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by phytobalance | 2011-03-17 15:30 | 心・Heart&Soul

雲に包まれ、ガイアに抱かれ

ナイトウォークに出かけた。

少しずつ霧が降りてくる。高原らしい夜。清里の夜。

暗闇の中、しっかり目をこらし、足の感覚を研ぎ澄ませながら、一歩一歩牧草地へ進む。

振り返ると、宿泊している清泉寮のオレンジ色の明かりは、遠くボーっとしている。
その右手ずーと奥には、白い街路灯が、弱弱しく光放って見える。
皆、霧の中。

霧は、雲と同じ成分だそうだ。地面に着いた時点で霧と呼ばれるとのこと。

いよいよ立ち込める霧の中。私たちは、雲の中にいた。


暗闇の中に、皆、それぞれに散っていき、お好みの場を見つけシートの上に横たわる。
牧草がふんわりして、薄いシートに寝転がっても痛いことはない。
昼間は結構蒸していたが、夜になると心地よい風が顔をなでる。

仰向けになって、空を見る。薄グレイの暗闇はどこまでも続く。
地球に張り付いて、宇宙空間にいるような錯覚におちいる。
風は、優しく顔をなで、過ぎ去っていく。

気持ちいい・・・・

体を横に向け、大地にもたれかかる。
程よい強さの風が、体にそって、吹き抜けていく。

大地の母、女神であるガイアが大きく抱きかかえる。

心地よい。妙に落ち着く。


スーッと半分眠りに落ちていくような感覚の中に、時折吹き抜ける風を感じる。

この状態は、あまりにも自然過ぎる・・・


自分は地球から生まれ、確実に地球の一部なのだ・・・
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by phytobalance | 2007-09-11 10:43 | 心・Heart&Soul

ガイアの子

二日間、ヒーリングタッチという米国発エネルギーヒーリングのワークショップが開かれた。
今回は、通訳という立場で参加させていただき、ラッキーにも2月にハワイで受けてきたレベル1をそのままそっくり体験することができた。


ヒーリングタッチって何か?と聞かれれば、肉体の外側にある生体に影響を及ぼすエネルギーフィールドに手を使って働きかけ、そのバランスの乱れを整え、それにより、心や体を癒し、痛みを緩和し、身体の障害を軽減するもの、と答える。

しかし、ヒーリングタッチの素敵なところは、体から数センチ離れたエネルギーフィールドを怪しげに撫でることではない。

それは、「無条件の愛」であり、ヒーリングを施す人が、ヒーリングを受ける人と心と心で繋がり、受け手にとって最高に良いものを意図するところにある。
無条件の愛とは、見返りを一切期待しない愛である。
心から受け手をただただ思うのである。


最初に「無条件の愛」を「見た」時(「見えざるものが見える時」参照!)は、自分にはできない!って思った。

今回も参加者と一緒にヒーリングタッチを実習する機会をいただいたので、ただただ受け手を思いながら実践してみた。

すると不思議な感覚が生まれてきた。

ガイアの子!

そう、私の前に横たわるこの方は、同じガイアの子なのだと!
このワークショップで初めてお会いした方で、どのような方なのかも良く知らない。
でも、この地球に同じように生を受け、この方独自の環境の中で、でも同じように多々の悩みや苦しみ、悲しみ、そして、楽しみを重ね、ここに生きているガイアの子なのだと!!


自分が参加しない実習では、皆が静かにヒーリングタッチを行っているところを少し離れて、全体を見る機会を得た。

すると、また、ここにいるヒーリングを施している人も、その前で横たわっている人も、皆、ガイアの子なのだ!と感じた。

様々なエゴを抱え、不安を抱え、優しさを抱え、でも、意識的でも無意識的でも幸せと平和を願う同じガイアの子なのだと。

静かにヒーリングを施す参加者を遠めで見つめながら、私の両腕はそっと辺りのエネルギーを感じた。


何故か皆を愛おしく思った。
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by phytobalance | 2007-07-05 09:11 | 心・Heart&Soul

サンフランシスコ:心の旅

税関を抜け、空港の到着ロビーに出た。

ガラス越しに見える青空は、まさしく、カリフォルニアのものだった。

2007年6月19日。
2年ぶりにサンフランシスコに戻ってきた。


1991年カリフォルニアは大不況に見舞われた。
それまで数年間不況続きの東海岸で暮らしていた私は、大学院卒業とともに、カリフォルニア、新天地で職を探すことにした。

「カリフォルニアはまだ大丈夫だろう。」
「日本人は東海岸より、有利に働けるであろう。」

と、浅はかな考えで仕事の確約もなく西海岸へ移住したが、どちらの考えも大外れだった。
数年間の東海岸での不況は、この年、ついにカリフォルニアに飛び火したのだ。

「数年前だったら、引く手あまただったのに!」
日系就職斡旋業者は口をそろえてそう言った。
経験もない、大学出たての外国人に与える職などない。深刻な不況だった。
まだ、.comバブルが膨らむ前のこと。

それに、アジア人であることが普通であるようなベイエリアでは、日本人であることは職探しで有利であるどころか、かえって競争率を高めるだけ。日本語をしゃべる日本人、アメリカ人はゴロゴロしている。


そんな状況で生活を始めたところが、サンフランシスコ・ベイエリアだった。

定職についていなかったためもあってか、ベイエリアに住んでいた3ヶ月間は、友人や親戚が入れ替わり遊びに来た。観光ガイドになったらよいほど、空港や観光地に出向いた。

仕事を見つけられない私の密かなる焦りと裏腹に、ベイエリアの空はいつも真っ青だった。


しかし、人生でかけがえのない人と出会い、幸せな日々を過ごしたのもまた、このカリフォルニアの空のもとであった。

遠い昔。それはまた私に過酷な苦しみを与えることとなるが、私を人間として成長させた一連の出来事の幕開けだったのだ。


そして、その物語の幕を完全に下ろすために、私はまたベイエリアに戻ってきたのだ。

2007年。

今年を意識して、この旅を計画したわけではなかった。
でも、ある時から、私にとって節目の年となった、7の年。

イヤー・オブ・セブン

やはり、この年、私は、知らず知らずのうちに、節目を作ろうとしていた。
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by phytobalance | 2007-07-02 11:07 | 心・Heart&Soul

本当に本当にやりたい事は何ですか?

雨の中、六本木通りの横断歩道を渡ろうと、信号を待っていた。
車のライトが雨を切って過ぎていく。


自分が本当に、本当にやりたい事は何だろうか?
本当に、本当に、本当に、やりたい事は?
とっても、とっても、とっても欲しいものは?

そう、自問していた。

時間もお金も何も制限が無いとして、何でも好きな事やっていいとして。
自分が本当に、本当に、本当にやりたい事は何?
本当に、本当に、本当に欲しいものは何?

でも、答えが出なかった。


これまで結構好きに生きてきて、ここ数年は、仕事も好きな事しかやっていない。
そうやっていられるのは、制限も障害も極めて少ない自分の贅沢な立場のお陰なのだが。


脱サラして、まだ発展途上なのだけど、自分が思うものを作り上げようと独立した。
まだ出来上がっていないので、なんとも言えないけど、植物療法をベースにしてやろうとしている事は、とっても好きな事の一つだし、自分にとって、多分社会にとっても意味のあることだと信じている。

ところが、私の師匠は、
「それは、君の頭で考えていることだろう・・・」

と、なんとも消化不良になるセンテンスを投げる。
私がやろうとしていることを、駄目、とか言っているのではなく、ただ、そう言うのだ。

こんなに強い思いがあったからこそ、大好きだった業界での大好きな仕事を放り投げて、それを作り上げようと思っているのに!!師匠の言葉に、少々、反発を覚えた。


そう言われて、一年が立った。


やりたい事は何?と、聞かれれば、もちろん、今作り上げようとしている事だと答えるだろう。

でも、本当に、本当に、本当に、本当にやりたい事は何?
と、聞かれると、同じ答えが返ってこない。
信号を待ちながら、“本当に”を数回繰り返して何度も自問してみても、同じ答えが返ってこなかった。


初めて、師匠の言葉が分かったような気がした。
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by phytobalance | 2007-05-25 22:37 | 心・Heart&Soul

Inner self

その人は、リッチ、と言った。

リチャード。

レッドソックスのホームグラウンド、フェンウエイパークのすぐそばにあるコミュニティガーデンで、バラを育てていた。
同じくガーデンで、庭を造って楽しんでいた友人の知り合いだった。

リッチは、ディスプレイ・アーティスト。
ジョージ・オキーフの絵さながらのバッファローの頭蓋骨やアメリカンウエストを感じさせる木のフェンス、そして、古代ローマのコラム(柱)や、オペラの舞台を思い起こさせる、赤と黒の大幕、等など、かつて自分がデザインしてた様々なディスプレイが、彼の家を飾っていた。

ディズニーランドにいるかのように、不思議な空間に住んでいた。


当時、ボーイフレンドもいなかった彼は、いつも一人でバラの手入れをしていた。
口数少なく、ひたすらに、しかし、ゆったりとガーデニングを楽しんでいた。


とっても辛い時期にあった私は、一日中コンピュータに向かわねばならない仕事を切り上げ、夕方いつもガーデンに向かってジョギングをしていた。走りながら、涙をこぼしていた。
本当は、ジョギングなんてする気分ではない。
でも、そうでもしていないと自分が崩れて無くなってしまいそうだった。

日の長い、ボストンの夏の夕暮れ。
100以上もある様々なガーデンが、それでもいくらか気持ちを落ち着かせた。
そして、いくつものガーデンを抜け、その奥にリッチのガーデンがあった。

リッチがいれば、声をかける。会話は交わすが、決して盛り上がることはない。
無言で作業をするリッチを私は見ていた。

彼は、自分ひとりで充足しているように見えた。
自分がある人なんだと思った。
それが素敵に思えた。うらやましかった。

今にも壊れそうな自分を日々支えていた私は、そんな彼を眺めながら、一人でいても大丈夫な人間になりたい、そう思った。

いよいよあたりが薄暗くなると、フェンウエイパークのナイターの照明が不自然に空を明るくする。


あれから10年。

自分の進むべき道を見つけ、まだまだ手探りながら、日々、忙しくしている。
もはや余計なことを考えている余裕はないが、楽しく仕事をしている。
一日中仕事をして、気がつくと、寝る時間。朝起きれば、また仕事である。そんな毎日。
一人で仕事をしていると少々孤独ではあるが、決して寂しくはない。

私は、充足しているのだろうか。

一人でいる時間が長いからかもしれないが、そういえば、以前とくらべ、うち側が座っている感じがする。なんとなく、言葉も少なめになっているような。(リッチのように?)

リッチは、元気にしているだろうか。


日本中の国民の心を揺さぶった、早実の斉藤祐樹投手。
心に熱い自分を秘めながら、言葉少なく、ただひたすら自分を追及する。

そんな彼が、リッチを思い出させた。
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by phytobalance | 2006-08-26 23:09 | 心・Heart&Soul

人々の通った道

一週間ほど前に急遽、熊野へ行くことになった。
世界遺産登録が騒がれ始めた頃より、とっても行きたいところの一つだった。
ついに、熊野行きが実現した。

しかし、行きたい、歩きたい!と言っていたわりには、熊野のことをほとんど知らなかった。
有難い事に、熊野への旅路は長い。ガイドブックでしっかりと予習ができる。

今回は、熊野三山を訪ねる旅。
二日で、那智大社、本宮大社、速玉大社を回る。
その間、念願の古道の一部、中辺路の小雲取越えをする。

最初は、那智大社への大門坂。
いきなり大きな夫婦杉が、大門坂の入り口の両脇にドン!としている。

まず、その大きさに圧倒される。
屋久島で、縄文杉を見てきたばかりなのに、その大きさとパワーはそれ以上かと感じる。
これが熊野古道。。。。!?

そして、遠い歴史のかなたに積まれた幅広い石段が続く。
「ここがそうだったのか。。」
何度となく写真や水墨画でみた風景がここにあった。

ゴールデンウイークなのに、団体バスとかち合わなければ、人は少ない。
ゆったりと一段ずつ石段を踏みしめていると、心は遠い昔へと引き戻される。

熊野詣が盛隆を極めていた頃、ここを多くの人々が歩いたのだ。
上皇をはじめとして、一般庶民も女性や子供も。
巡礼の道だ。
現代の日本では、巡礼といってもあまりピンと来ない。
巡礼とは、キリスト教やイスラム教のものだと思ってしまうほど、馴染みがないかもしれない。
でも、確かにここは巡礼の地だった。

一歩ずつ歩いていくにつれて、熊野信仰やその歴史が学ばれる。
聖地といわれるここ熊野の自然もエネルギーも厳粛な気持ちにさせ、心を洗うものであった。
でも、もっとも心に響いたことは、熊野詣が始まった平安末期頃より、ここでの信仰は、既に神仏習合で、さらには、自然信仰が重要な基盤となっていることであった。

熊野三山は、それぞれ、神様と仏様が祭られている。
でも、各大社の起源は、滝や岩への信仰なのである。

世界遺産でも登録された熊野古道がそれを顕著に現している。
本宮大社へ京都から向かう紀伊路、真言宗高野山からの小辺路、修験者達の吉野からの大峯道、伊勢神宮からの伊勢路。海沿いの大辺路、山を越える中辺路。

日本人の心の広さと奥深さ、寛大さ、おおらかさを感じる。
私たちの文化の源だったのかもしれない。


中辺路の小雲取越えは、那智大社の裏手を越える大雲取越えに比べればかなり楽というが、それでも、結構きつい上り坂もあった。
自然を楽しむ、というよりは、何故か、ここを行きかった多くの人々へ思いを馳せた。

巡礼半ばにして、命を落とした人も多くいたという。
古道には、お地蔵さまや祠が沢山ある。
それでも、かつて、熊野を目指して人々は歩いた。

それが、巡礼の古道だった。
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by phytobalance | 2006-05-02 12:30 | 心・Heart&Soul

「何も要らない。」時

欲望だらけの日々の生活。
気づいてみると「欲しいもの・こと」だらけ。
結局私たちは、「欲しい」をよりどころに生きているのだろうか。


忙しくなってきて、フィットネスジムへ十分行けていないここ数週間。
行ったとしても、早く切り上げなくてはいけなかったり、と十分なトレーニングができてない。

今朝は、久々のダンベル。
ベンチに横たわって、5kgのダンベルを両手に持って、ベンチプレスのごとくリフトする。
久しぶりだと結構きつい。2週間やらないくらいでこんなに筋肉が落ちるものなのか。

一応、いつものメニューをこなす。
でも、リフトが終わり、ダンベルを床に置くと、もう動きたくない。
疲れた。
左手の甲を額において、右手はダラっと床に向けてたらす。
目をつぶり、そして、開くといつもの天井のパネルが見える。
ただ見る。気づくと何も考えていない。
ただ、天井を見ている。
疲れている。
でも、とても心地よい。
そして、感じた。

「何も要らない。」


そう、こういう時って、本当に何も要らないと感じている。
そして、何かを特に考えているわけでもない。


最近、森を歩いていても、時々同じように感じる。
「何も要らない。」と。
多分、ブログにも何度かそう書いたかもしれない。


ハワイのカワイ島に住む友人を訪ねた時、誰もいないビーチに連れて行ってもらった。
砂の上にしゃがみ、手のひらを大地につけ、波の波動を手のひらに感じながら、絶え間ない大きめな波とその向こうに永遠に続く美しい海を見ていた時も
「何も要らない。」
と感じた。


あの瞬間は一体何なのだろうか。
「欲しい」は全てスーッと消えてなくなってしまう一瞬である。
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by phytobalance | 2006-04-21 23:05 | 心・Heart&Soul

シャドー現る!

ここ2年くらいの間、フラワーエッセンスのおかげか、仕事を変えたせいかわからないけど、比較的ずーっと穏やかであった。

昨年の秋より、一連の気づきが起き、心は多少揺さぶりをかけられたが、基本的には穏やかさがそんなに崩れることはなかった。その気づきは、ドロドロしたものではなく、驚いたが、むしろ、今、気づけてよかった!新しい自分の側面が見えてよかった!っというようなものだった。

ところが、ちょうど半年にわたる一連の気づきが収束されるような気配とともに、醜い自分が現われてきたように思える。

ちょっとした、つまらないことなのだが、多分まだ解消されていない自分の弱さからくる悪しき部分を別の人の中に見て、それを好ましく思えず、苦しんでいるのだ。

大したことでないので忘れれば良いことなのに、それが頭について離れない。
頭に常にあるから、どんどん悪く考える。
嫌悪感さえある。

好ましく思えないのは、人の中に自分を見ているから。
醜い自分をそこに見ているからこそ、嫌悪感があり、切り捨ててしまいたいほどなのである。


やっと見えてきた私のシャドーのほんの一辺。

私だけがそんなにクリーンなわけがない。
これまで穏やか過ぎた。どんどんどんどん良い人になっていく感すらあった。
でも、それは、嵐の前の静けさだったに過ぎない。



何でも出て来い!!

きっと嫌な思いをするだろうけど、醜い自分に全て会いたいと思う。
やっと動き始めた。これからどんどん加速度的に見えてくるのだと思う。
でも、それから逃げずに、しっかりと受け止めたいと思っている。できるかな?


そんなシャドーをうっすら感じつつある、今日この頃。
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by phytobalance | 2006-04-19 22:29 | 心・Heart&Soul

落ち込むという感覚

初めて「落ち込む」という感覚を知ったのは中学生の頃だった。
中学2年生だったか。
学校の敷地から駅へ向かう道は、途中から線路に沿っている。
丁度、道が線路と平行になる、電車がトンネルから出たあたりでのことだった。

私の理解の限りでは、ヘルマン・ヘッセの「車輪の下に」を読んだからだ。
もはやどんな話だったのか覚えていない。
ただ、頑張っても頑張っても報われない?そんな話だった??気がする。

落ち込む感覚は、数日続いた。


その他の感情や気分については、いつ覚えたのか、いつ最初に認識したのかなんて、全く覚えていない。ただ、この「落ち込む」感覚の最初だけ、ずーっと意識的に記憶している。
その日は、茶色のプリーツのスカートをはいていたような気がする。


大学生になってからか、社会人になってからか、やっともう一度「車輪の下に」を読んだ。
ある時から、また読んでみよう、とは思っていたのだが、実際に再度読むまでには時間がかかった。

2度目に読んだ後、何故以前に落ち込んだのか全く理解できない!と感じたことを覚えている。そんなに落ち込むような話ではなかったのだ。
でも、話の内容は覚えていない。全く覚えていない。


これを書きながら、今、ふと、思った。
2度も読んだのに、しかも、特別な位置づけにあるはずの話なのに、内容を全く覚えていないなんて、もしかすると、そこに何かが隠されているのかもしれない、と。見たくない何かが。

今、ふと、もう一度読むべきなのか、と、感じた。
正直、読みたい気はしてないのだが。


私がほとんど文学書を読まないのも、もしかすると同じ理由なのかもしれない。


ブログを書き始めたほんの数分前には、考えもしなかったこと。
今日、何故、「車輪の下に」について書こうとしたのかは、少しだけ落ち込み気味だった夕方、その過去の記憶が甦ってきたからだった。ある気分を生まれて初めて感じた時のことをここまではっきりと覚えているなんて、面白いと思ったからだけだった。

でも、これで、私はまた「車輪の下に」を読まなければならなくなった。

気が重い。
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by phytobalance | 2006-03-11 23:19 | 心・Heart&Soul