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カテゴリ:森・Forest( 36 )

自然を楽しむ秋のプログラム

まだまだ暑い東京ですが、なんとなく秋の気配も感じるこの頃。

秋にぴったりなプログラムをご紹介します!


まず最初は、ネイチャーゲーム協会主催のイベントです。

"ネイチャーゲームで癒しを体験"

ネイチャーゲーム協会は、平成22年度スポーツ振興くじ助成金を受け、ネイチャーゲームの効果に関する調査を実施することに。このプログラムは、ネイチャーゲーム体験による健康効果を調査するイベント。

「健康や癒しに興味のある方、ネイチャーゲームを体験してみたい方ぜひご協力ください。」
とのことです。

私も1回は健康効果をチェックするスタッフとして参加します!



もうひとつは、標高1,200mにある涼しい清里高原でのイベントです。

"西の魔女の植物療法フェア2010"

映画「西の魔女が死んだ」のロケ地がある清里キープ協会を舞台に、いろいろな植物療法を体験できるオムニバス企画。自分の好きなプログラムを選んで、マイペースで参加できるフェア。

「ぜひ、秋の清里高原の澄んだ空気の中でお好きなプログラムをご体験下さい。」
とのことです。



夏の暑さでヘトヘトの心と体を森の中で癒しましょう!!
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by phytobalance | 2010-09-11 10:51 | 森・Forest

パワー・オブ・フォレスト ~素の自分へ

久しぶりに森に入った。

と、言っても、先週末、富士登山をしたばかりなのだけど。
(どちらかというと富士山は人の森だったよ。)


今日の森は、長野県佐久市の北相木村(きたあいき村)という奥まった人口600人という小さな村にあった。清里から北上、車で30分くらい(?)のところだ。

この村に11年前に移住したお医者様が、森林療法を始める!ということで、村から無償で借りている森に、ウォーキング・トレイルを作るのが本日の目的。
この先生ご自身が森林インストラクターでもあることから、地域の森林インストラクター達がこのボランティア森林作業に集まった。
私は、自分が携わっている森林養生プログラムの関係から、飛び入り参加。
森林作業も久々だ!

このあたりは、緑深く奥まっているのだけど、見渡せば植林された杉林が目立つ。
でも、作業する森は、カラマツの森でかなり明るかった。
森林療法には、よりよい森のように思えた。



ヘルメットをかぶり、小さなのこぎりと鉈を腰に下げ、一応、格好だけは一人前。
早速作業に取り掛かる。

人工林であるこの森には、ウォーキング・トレイルは全くなかったのだが、先生方が昨年の秋くらいより、少しずつ作業を始めたとのこと。一周で1km弱のトレイルを作る計画だそうだ。
既にちょっとした尾根までは道ができていた。
今日は、その尾根に沿って道を切り開いていく。


森の中のトレイル作りは、実は若干得意でもある。
ニュージーランドのそこそこ有名なケプラートラックの一部をレンジャーとともにダイナマイトを飛ばしながらトレイルを作った実績もあり!!!

出だしは一瞬と惑ったものの、自然と自分なりのやるべき役割におさまっていた。
電ノコ隊はトップを行き、大きな木を切っていく。
それに続く人々は、その他の木を切り、枝や倒木をどかし道を形づくっていく。
一番後ろの私は、作られた道の真ん中にある飛び出た根っこや小さな切り株を丁寧に取り除いていく。

誰に指示されるわけでもなく、皆それぞれの役割を無言で担っていった。

ここを歩くだろう人々は、主にお年寄りの方々。
形作られた道の上を何度も足で踏みながら、ちょっとした根っこや塊を取り除く。
のこぎりや鉈を使ったり、また、鍬(のようなもの。違う名前で呼んでいた。)で、根っこを奥深い地中から取り除いたり。



一時間くらい経っただろうか。
ふと、気づけば、何も考えずに作業をしていた。



ここひと月くらい、常に頭から離れない想いがあった。
それを信じて、実現したいと願っていること。

だけれども、昨晩、急に信じられなくなり、その想いが一挙に冷めてしまった。
何故だかわからず、その急変に戸惑った。
ひと月以上、その想いをめぐらし、様々な思考がよぎったからか。
実現が見えてきたから恐れが出てきたのか。
それとも、その信じる想いがきっかけで、自分の奥深くにあるものが揺さぶられ、それに恐れを抱いたのか。

これまでに無いある種の不安と恐れに襲われた。涙すらでてきた昨晩。



しかし、そんなことすら忘れていることに気づいた。

「忘れている・・・・」
そう、気づいて、また直ぐに作業を続けた。
そんな作業に熱中しているわけでもなかったのだが、ただ、作業をしていた。


人数のお陰か進みが早く、お昼までには、その尾根の道は出来上がった。
皆、うっすら満足感を持ちながら、作業は終了した。



帰路、若干の疲れを感じながら電車を待つプラットフォーム。
心の中が、スッキリ、軽いことに気がついた。

そして、次の瞬間、昨晩の恐れや不安はなく、ひと月信じ続けた想いがそのままそこにあることを感じた。
素直に信じられて、優しくその想いを抱いていた。


自分は、“素”なのだ。そう感じた。
“素”のままの自分が、その想いを抱き、信じて、実現したいのだ、と知った。



森林療法に携わり4年くらい経つが、無条件に森に入ることが好きで、森に溶け込める自分は、思えば、森に入った自分をあまり観察する機会がなかったかもしれない。

“森に入り、自然を感じ、生態系を思う時、命を感じ、価値観や人生観をあらためて見つめることができる・・・”
と、森林療法のメリットを伝えてきたが、まさに、今日、自分はその体験をしたのだ。



“素”の自分へ帰る。

パワー・オブ・フォレスト。森の力を感じた。
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by phytobalance | 2009-08-30 19:49 | 森・Forest

大岳山へ行ったのだけど・・

GW中、大岳山へ行った。
奥多摩駅より、歩くのだが、その駅、新宿かと思うくらい混んでいた。

それでも大岳山へは、御岳山から歩く人が多いので、私が歩いたルートは寂しくない程度にハイカーに出会う程度で、登り道中、混雑を感じることはなかった。

ただ問題は、登りが結構きつく、振り返れば、お花を楽しむ・・など余裕がなかったこと。
GW中、一番暑かった日。歩き始めてから、水分が足りるか結構気になりだしたこと。

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まずは、愛宕神社へ向かう。
数分あるいて現れた階段はこれ!
見よ!!!頂上が見えない!!!!
神社だから・・・と無意識的になめていたのか。
山の上の神社だったのだ!!

一応ノンストップで登ったけど。
(段数を数えていたのだけど忘れたー。)

これで、ますます水分が気になった。


しかし、山道を歩けば、心配事もいつしか消える。
尾根道に入れば、平坦な部分もある。
一気に高度を稼いだ分、結構早く、山の気分。


f0053026_1592568.jpg
写真撮りながら歩いていたら、前後を歩いていた人に
“カメラマンですか?”
と聞かれてしまった。

“と、飛んでも無い!ど、ど素人です。”
と咄嗟に口をついて出た。

“買ったばかりで、喜んで使っているんです・・”
と、言い訳までしてしまった。

と会話した直前のショットはこれ。
切り株?の感じがおもしろい。
これ、道のど真ん中なんだけど。

一人で歩いているからそんこと言われたのか。
と後から思った・・・あぁ。(涙)


鋸山なるピークを越えて、いいペースで大岳山山頂に到着。
ピーク直前は、岩岩の登りで、きつッ!

なのに、やっとついた山頂は動物園がごとく大混雑。
ほとんどが、御岳山側からのハイカーたちだ。
日陰になるような木々も少なく、人混みの炎天下。
ここでランチなぞ、気分を害す・・・

絶景のはずなのに、写真も落ち着いてとれない・・
大岳山ピークからの眺望。残念ながら富士山は見えなかった。
f0053026_1510217.jpg


早々ランチを済ませ、大群が下山を始める前に御岳山へ向かった。

f0053026_15174311.jpg
ふと、いい感じの風が吹いてきたあるポイント。
思わず下る足を止めた。
気づけば、道の両側に、ブナの若葉が沢山風になびいていた。

一瞬目を閉じ、風とブナの葉の音に耳を傾ける。
なんか、胸がジーンとする。

私はブナとはつながりがあるに違いない・・
ますますブナを愛してしまう。

ちなみに、ブナのフラワーエッセンスは、
“他人に完璧さを要求する。批判的な批評家”
という質を表わす。えっ?私のこと??


大群に追われている脅迫感か、眺望に時間を割くことなく、御嶽神社を目指した。


まだまだ陽の高い晴天の午後、予定より一時間くらい早く下山完了。
駅へ向かうバスから見えた御岳渓谷、多摩川は、ダイヤモンドで埋め尽くされているがごとく輝いていた。思わず、目を細めた。

そして、拍子抜けするくらい早く青梅線に飛び乗った。
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by phytobalance | 2009-05-11 16:15 | 森・Forest

高野山歩き始め ~聖地は招く

細い階段から続いていく女人道は、よそ見したら必ずはずすくらい細い道から始まった。

弁天岳なるピークを越えて、大門まで40分少々とある。女人道のほんの一部。
午後4時過ぎ。雨はまだ降ってはこない。相変わらずグレイの空。誰もいない山道。

途中、“谷上女人堂跡”なる立て札を見る。弁天岳ピークまで0.5kmとある。楽勝か。

と、道は突如急になる。しかも、道はすり鉢状にえぐれていて、おまけに大きめの岩が乱雑に踏み石のように並んでいて歩き難い。岩が大きすぎて、階段の役割は全く果たしていない。やっきになって、大股で登り始める。と、突如突風が吹く。

いよいよ雨か?嵐かぁ?

風はどんどん強くなり、止む気配がない。空は相変わらずグレイ。
ピークに向かう誰もいない山道。急に不安さが増す。戻るに戻れない。

風はどんどん強くなる一方。飛ばされそうだ。
この急坂、0.5kmのわりには随分長い??不安のせいか?



冷たい風の中、シャツの下は汗。息を切らし、やっとピークに着く。

小さなお社があった。お社の後方には、高野山麓が広がる。
その前方の高野山聖地の山々を臨む。
相変わらずの怖いほどの強風は、聖地への道を阻む悪魔のようだった。
しかし、突風に吹かれながらの一種の達成感が、聖地に入る準備を確信させた。


下り始めると、小雨が降ってきた。
いくつもの鳥居を抜けていくうちに、何故か風は突然に止んだ。

いよいよ大門だ。

写真におさまらないほどの大門には誰もいなかった。
門をくぐり、向こうに見えた高野山の町並みは、あまりにも普通なので少々がっかり。
小雨の中、大門とは正反対の位置にある奥の院のすぐ横の寺の宿坊に向かった。
2kmはあるだろう。


通りにもツーリストらしい人々をほとんど見かけなかったが、宿坊のその夜のお客様は私ひとりだった。

昨年宿泊した那智の宿坊とは全く異なり、修行僧に迎えられ静かに部屋に通された。
写経はともかく、食事も布団敷きも全ては修行僧にお世話していただく。
なんとも申し訳ない気分になる。

高野山の精進料理も般若心経の写経も初体験。
しとしとと雨降る静かなお寺の夜が更ける。


翌朝おつとめに参加し、朝食をすまし、宿坊を出る頃、雨がなんとなく雪になりつつあった。意外ではあったが、雪は雪の時しか味わえない。完全防備で念願の奥の院に向かった。

奥の院の入り口、一の橋は宿坊からすぐであった。
雪がはっきりと降ってきた。


これが奥の院。
想像を遥かに超えた壮大なる空間が、時を越えてそこにあった。

一歩また一歩と聖地の奥へと進むにつれ、誰もいない奥の院は少しずつ雪をかぶっていった。




再び一の橋まで戻ってくると、あたりはすっかり雪で覆われていた。
雪は止むことなく降り続いていた。

壇上伽藍に着く頃には、靴が埋もれるほどに雪が積もっていた。
手も足も冷たいままにお堂に上がり、如来様を拝む。
寒さが何故か有難さを感じさせる。


雪は季節を気にする事もなく、ただただ降り続けた。
冷たい空気が身を清め、私は聖地とともに浄化された。


...end
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by phytobalance | 2009-04-17 22:03 | 森・Forest

高野山歩きはじめ ~身を清め、聖地へ入る

特急こうやは、橋本駅に着いていた。
ここから電車は、山間を縫って高野山中腹の極楽橋駅へと向かう。

橋本は、緑の多いベッドタウン風...に見えた。
しかし、関西のこと。もしかすると歴史古い町なのかもしれない。
さすがに、そこまでは予習してない。


特急はいよいよゆっくりと狭い単線に入る。
木々が車窓に迫ってくる。
空は相変わらずグレイだが、なかなか雨は降らない。


極楽橋に到着前には、丁寧に高野山についてのアナウンスがバイリンガルで流れる。
さすが世界遺産。

極楽橋の駅に着いた。難波で3名だったこの車両の乗客は、2名となっていた。
それでも、ホームに降り立つと、外国からのグループを含め30名ほどいたか。

何となく、“ホッ”とする。

その30名、しかし、私を除き、皆迷うことなくケーブルカーに向かった。

私はうろうろしながら迷った。
ケーブルカーに乗るべきか、不動坂を歩くか。
雨は何故か降ってこない。

人々がケーブルカーの駅に移動してしまった後の極楽橋駅は寂しい。
駅の外には、人影がまったくない。
空はグレイ。

雨はまだ降らない。

えい!これは歩けということだ。
歩こう!

やっと決心にして、誰も通らなかった極楽橋駅の改札口を出る。

駅の下の道をくぐり、赤塗りの極楽橋を渡る。
極楽浄土の入り口っていうことかな?


実は、何を隠そう、私は一人で山にはいったことはない。
若い頃山ばかり行っていた両親から、山にこそほとんど連れて行ってはもらわなかったけれど、山へは絶対に一人で行くな!!と何故かそう言われて育ったのである。

山へは一人では行かない。
せいぜい森林療法プログラムで、森林公園のようなところを下見で行く時くらいか。


だから、グレイスカイの下、人っ子一人いない知らない山道を一人いくのは、ちょっと不安でなくもない。
世界遺産の一部でもあるちゃんとしたハイキングコースだけどね。
まぁ、変に人がいるより安心だね。

と、可愛くも不安な気持ちを秘め、タッタっと歩き始めた。

森林プログラムでお客様をお連れする時は、意識的にゆっくり歩くのだが、この時ばかりは、無意識的に歩が速い。いつもの倍くらいか。

歩き始めて10分くらいでケーブルカーをくぐるが、その時までには結構汗。
ここまでの坂、結構きつかった。

その後、より山道っぽくなるが、ペースを落とせと命令しても、ペースが落ちない。

雨を気にしてか、不安な気持ちからか。

坂は相変わらずきつめだ。

いや、体がなまっているせいか、荷物を全部しょっているせいか。


最初の石標を越えた。
これで3分の1くらいか。
やっと足は止まり、やっとフリースを脱ぐ。やっと水を飲む。

あちらこちらに送電線が見えるし、実はこの山道、土に埋もれているが舗装された道(本当は石畳らしい)。けれども、山もやっと奥まってきた感じ。


また歩き始めるが、ペースは相変わらず落ちない。
平らな道は殆どなく、ずーと上り坂である。

過ぎ去った半年の過酷な生活を思い、この辛さと汗は、デトックス・・ならぬ、お清めだ!と、思った。聖地に入るのだ。麓からは歩けなかったけど、ケーブルカーで10分のところ、50分かけて歩いている。熊野で学んだ言葉が浮かんだ・・

『熊野では、古道の一歩一歩を徳を積むという』

一歩一歩清められていく・・・


あるカーブを曲がって、道両脇の木々の間の向こうの空を見上げると、一瞬日が差す。

おぉ、、お導き!!という感じ♪

再び日は隠れ、道はいよいよちゃんと見える石畳になる。
なんとなく安心感が戻ってきた。


最後のポイント石仏を拝み、不動坂コースのゴール、女人堂は、もうすぐだ!!


女人堂は、ケーブルカー終点高野山駅から高野山メインエリアへ行くバスの通過点でもある。
昔、高野山が女人禁制だった頃、女人は高野七口を登り高野山の入り口にある女人堂を拝むしかなかったとのこと。下山できない場合は、この女人堂に泊まることもできたらしい。ある意味、関所みたいなものなので、高野七口それぞれに女人堂があっただろうが、現存するのは、この不動坂口女人堂のみである。


思ったより大きい建物だったけど、あたりに誰もいないことに驚き、あせってお参りしただけで、ゆっくりとお堂を観察する余裕がなかった。
箒で道を掃いている女人堂のおじさん(?)しかいなかった。

それにしてもここは聖地の入り口なのに・・・
聖地にふさわしいのかどうなのか、静か・・いや、寂しい。
ここは世界遺産なのに。

やっと、“最後に女人堂を見て、ケーブルカー行きのバスを待つ”風の男子一名が現れた。

それにしても寂しい世界遺産だ。

さてと、聖地に入るか、さらに清めるか。
時計は、宿坊に到着予定と告げた16時まで後10分を指している。
空は相変わらずグレイ。それに結構寒い。

一瞬迷いもしたのだが、さらに清めることにした。


かつて、高野山へ入れない女人が高野山の回りの尾根道、山々を歩いたともいわれる女人道は、今では女人道ハイキングコースだ。その女人道の最初の部分、不動坂口女人堂から、弁天岳経由で大門へとつながる道を歩くことにした。
せっかくだから、大門から聖地に入りたいしねぇ♪

バスを待つその男子の立つ裏手から始まる細い女人道を登り始めた。

to be continued.....
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by phytobalance | 2009-04-01 21:40 | 森・Forest

高野山歩きはじめ ~まずは大阪くい歩き

多忙な仕事から解放されて、まだ、物事を考えることのできなかった数週間前。
愛すべき友人が、マイレージキャンペーン中ということで、大阪往復の航空券を手配してくれた。
そもそも共通の友人達の京都での飲み会に乱入するとのことで、私が誘われたわけだが(そして、暇なのは私くらい・・・)、友人の仕事が急遽入って、飲み会乱入は断念。

主要目的がキャンセルされたものの、実は、私の心は既に決まっていた。

高野山へ行こう!!


もともと大坂出張をしなければならない友人には、少々後ろめたかったのだが、結局便乗させてもらって、大阪に向かった。


高野山への旅は、ここ数年考えていたが、何故か実現せずに数年が経っていた。
急遽、一夜漬けならぬ、一日漬けで高野山の予習。

もう4年前になるか、初めて熊野へ行った時は、さらにひどく行きの電車の中で熊野の予習をした。しかし、熊野詣なるものや、何故、世界遺産の名が、「紀伊山地の霊場と参詣道」なのかを知るにつれて、そして、それ以来、3度に渡り、熊野古道を歩くにつれて、当然、高野山や高野山と熊野を結ぶ道へと想いが馳せる。


熊野古道を成す一つの出発点でもある高野山行きがいよいよ実現する!!
(この時点では、頭がまだ熊野より・・)

弘法大師が建立した修行の場である高野山そのものに、もちろん惹かれていたのだけど、どうしても歩く道が気になる。最初は、地理も何もかもがよく解らないので、距離感覚も高度感覚もわからず、ガイドブックにただただ導かれる。

そうこうしているうちに、高野山も熊野三山同様、周辺地域からのアクセスルートが複数あり、それらは高野七口と呼ばれていることを知る。

昔から、最もメインな参道である山道は、世界遺産の一部でもある「高野山町石道」である。
この町石道は、高野山へ登るケーブルカー乗り場がある南海電鉄の終点「極楽橋」よりずーっと手前の「九度山」駅あたりから始まる。特急は止まらない駅である。しかも、高野山までは、6時間30分とのこと。
朝、羽田をゆっくりめに出たのでは、とても間に合わない。

羽田を離陸して間もなく、完全に町石道踏破は諦める。

そもそも、予定している2日間とも雨の予報。それも鑑みながら、町石道の半分を歩くルート、ケーブルカーに乗らない「不動坂」ルート等など、考えあぐねていると、友人が
「大阪で、昼飯食おう!」と。
どうやら仕事は、午後ゆっくりでいいらしい。


大阪には、前の仕事のお陰で、昨年数回訪れることがあり、やっと大阪の位置関係と梅田あたりの雰囲気がわかってきた程度で、実は、ほとんど馴染みがない。
大阪近辺出身の友人に、おいしいところを案内してもらわない手はない。

高野山プランはひとまずおいて、大阪うまいもん、に心が奪われた。


しかし、どこへ連れて行ってくれるのかと思っていたら、友人にとって昔懐かしい、梅田くい歩き、がそのプランだった。

まずは、梅田阪神百貨店地下の「いか焼き」。

「いか焼き」って何?と私。縁日の出店でみる、いかの丸焼きか?
しかしこの「いか焼き」、かなり有名らしく、どのフロア案内板を見ても、ここだけ「いか焼き」シールでマークされていた。

どうやら、いか焼きとは、たこ焼きのいか版って感じ。ただ丸いボール状ではなくホットケーキ状で二つ折りにされたものだった。おいしい・・かと言えば、たこ焼きほどには、美味しいのだが、ねぇ。。
しかし、列は切れることなく、小さい厨房では7~8人が休みなくいか焼きを作り続けていた。


次は、梅田ガード下近く、「明石焼き」なるもの。

「明石焼き」って何?と私。何故か、お好み焼き風を想像した。
しかし、梅田ガード下って、前の仕事で散々歩いたあたり。
テナントとして入っている阪急うめだ本店のスタッフに挨拶しなくてよいものだろうか・・・

友人に引きずられるままに、そんなことを考えて歩いていたら、な、なんとやっと見つけた昔からの明石焼きの店は、ランチタイムで、明石焼きは夕方からとのことだった。
周辺には、明石焼きらしい店は無く、せっかく私に明石焼きを食べさせようと思っていた友人は、がっかり。

しかたなく、たこ焼きへ。

こちらもまた、立ち食いなのだが、意外や意外。
ネギが中にも外にもたっぶり入った東京スタンダードとは程遠いたこ焼きだった。

うまい!

何故か、この時はじめて、大阪の食べ物が東京のそれとは違うことを実感した。


まだお腹が満たされていないので、仕方なく「おでん」で妥協することに。
大阪のおでんは、東京のとは違うらしい。
しかし、ランチタイムのこと。定食以外はオーダーできず、ここは断念。

ぼーっとしながら、おでんかなぁ、、、と思いつつ数ある梅田の地下街の一つへ潜降。
しかし、それらしいものはみあたらず、当てなく地下街を歩いていた。

すると、目の前に、「明石焼き」の四文字が!!!
先ほどのガード下よりの店並びよりは、ずっときれいなチェーン店風の店だったが、どうやら明石焼き専門の店だった。しかも、ちゃんと座れる!!

落胆していた私達は、急に元気になって、スタンダードな明石焼きを注文。
な、なんだ。「たこ焼き」でないの。
明石焼きは、たこ焼きをダシ汁のようなものにつけて食べるもの。
しかも、10個ならんでいるたこ焼きの台(お皿)に傾斜がついているのも特徴らしい。

へぇ、知らなかった。さすが大阪。


くい歩きにすっかり満足した私は、いざ、高野山へ。
高野山へは、難波から、南海電鉄の特急こうやで、たったの1時間半。
全指定だし。ラクチン。ケーブルカーのチケットも難波で買える。

友人と別れて、プラットフォームに向かうと、そこには、特急こうやを待つお坊さんの姿が。

むふ。既に高野山の雰囲気♪

特急が入線して、電車に乗り込むと、私の車両には、3名程度しか乗っていなかった。
指定・・席・・・だけどね。
まだ寒いだろうこんな季節のこんな時間(2時半)に、しかも、確実に雨、と予報されている週末だものね。

人、少なくて結構。

発車とともに、歩くルートを最終チェック。
グレイの空を気にしながら馴染みの無い景色を眺めながら、ほどよくお腹が満たされた私は、いつしか眠りに落ちていた。

・・・・・to be continued.
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by phytobalance | 2009-03-30 15:43 | 森・Forest

古道の歩み

大雲取越えを果たしたその夜は、熊野本宮大社に程近い湯の峰温泉に宿泊した。

小栗判官が蘇生したという伝説があり、日本最古の公共温泉とも言われる「つぼ湯」があるのが、この湯の峰温泉だ。
2人くらいしか入れない「つぼ湯」に入るのは、順番待ちが容易ではなかったりする。
しかし、今回も何とか滑り込み、この熱い薬湯で、大雲取越えの疲れを癒した。


翌朝、つぼ湯のそばで、念願の温泉で入れたコーヒーを飲み、こじんまりとした歴史ある温泉街を後にした。


バスで向かったのは、発心門王子。
熊野古道の中でも最もポピュラーな、そして、上皇達が熊野に向かったメインルート中辺路にあるこの王子は、本宮大社より西、約7kmのところにある。
私達は、ここより、古道を歩き、本宮大社に臨む。


熊野古道には、99の王子がある。
王子とは、熊野大社の分社として祭ったお社である。
大阪の方から、中辺路に沿って本宮大社まで、さらには、熊野川に沿って、そして、速玉大社、那智大社まで王子が続く。
2日前、那智の大門坂でお参りした王子は、99番目の多富気王子であった。
発心門王子は、確か89番目の王子である。
発心とは、これより仏道に入り、修行をする、という意味だそうだ。
つまり、発心門とは、聖域への入り口なのである。


共に歩いてくれた語り部さんは、昨年小雲取越えでお世話になった女性の行者さん。
昨年同様、ホラ貝をしょって現れた。

発心門王子の前で、輪になって、私達は、左手を手のひらを上にするよう言われた。
行者さんが、ホラ貝を吹く。
ホラ貝の音色とともに、左手が、かすかなバイブレーションを感じる。
これは、左手の上にある自分の宝箱に、これから体験するたくさんの思いを乗せていく・・という意味があるとのこと。左手である理由は、右手に宝箱の蓋を持っているから。
なんともワクワクする儀式だ。

少々大きめの赤いお社に参拝し、いよいよ中辺路を歩く。


発心門王子からの中辺路は、ほとんど上り坂はなく、緩やかな下り坂が続いていた。
背の高い杉とヒノキが混在した古道は、手入れが行き届き、とても明るく、前日の大雲取越えとは打って変わって、安心感と心地よさ、癒しを与えた。

途中、何度と無く森を抜け、長閑な村落を通り過ぎた。
向こうの山々を背景に農地やお茶畑が広がるこの日本の原風景に、驚くほどに癒される。昔はどこもこんな風景だったのか、と思いながら、一瞬都心の光景が頭をよぎる。
暑いはずの太陽の日の下で、やわらかな静かな時が過ぎていった。

再び、村落から、古道の森に入る。
スーッと空気が変わる。
この清らかな空気の違いを感じられるもの、今では、古道が、森と村落を交互に貫いているから。
森独特の空間を実感する。


熊野では、一歩一歩の辛い道を歩くことを、「徳を積む」という。

かつては、険しい山道を通らずして、熊野に詣でることはできなかった。
中辺路も発心門王子より前には、沢山辛い山道がある。
大雲取り越えしかり。高野山からの、そして、吉野からの道も、全て山道である。

険しい古道を歩き、一歩一歩徳を積む・・・・・



前日の大雲取り越えでは、歴史の道に浸ることなど忘れて、一歩一歩歩いていた。
その朝は、青岸渡寺のおつとめで、僧侶たちが日々ひたすらにお経を読む姿を感じた。

無心になって、ひたすらに何かを行うこと・・・それが「徳」なのではないだろうか。

熊野詣の意味とは、実は、この一歩一歩なのではないのだろうか。

もはや徳を積む場面も少ない、本宮大社までの道のり。
ほどよい心地よさとともに歩きながら、そんな風に感じていた。


本宮大社はもう目の前。
私は、また、ここに来た。

今回も沢山徳を積ませていただいた。
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by phytobalance | 2008-05-06 19:56 | 森・Forest

越前峠を越えて

大雲取越えのちょうど中間地点にある地蔵茶屋でお弁当。
整備された休憩所はほどよい規模のせせらぎの横に設置されていた。
世界遺産だけあって、設備は行き届いている。

山の中の日差しはやわらかい。
せせらぎをBGMに、昼寝したい気分。


地蔵茶屋を後にし、最後のピーク越前峠へ向かったのだが、その道のりは、不思議な世界が繰り広げられていた。

まずは、せせらぎに沿ったなだらかな上り坂。
古道とか、大雲取越えという印象とは対照的に、まぶしい緑のトンネルの中、せせらぎと歩む癒しの小道である。水より命をいっぱいいただき、あたりの植物は、やわらかに生き生きとしていた。
みずみずしいこの空間は、美しく輝く苔に覆われていた。

それに続くは、さらに深く苔むした長い長い急な石段の道。
その緑の絨毯は、屋久島のもものけの道を彷彿させる。
癒しの道とは違って、乾燥しているように見える深い苔は、歴史の深さを印象付ける。

古道らしい。

ここを彼らも歩いたのだ・・・
越前峠を目前にし、余裕が出たのか、やっと悠久の時を感じる。


越前峠は、予想に反して、穏やかな平地であった。
森の中の峠は、ピークと言っても、遠く景色が見えるわけでもなかった。
梢の隙間の木漏れ日が、あたりを一層長閑にしていた。



さぁてと。ここから。
登りは思いのほか、きつくなかったので、やはり、難所は、ここからの下りなのだ。
たった2.4Kmで、一気に標高差約600mを下る。
その傾斜は、胴切り坂とも呼ばれる。
長くて急なその坂は、ほとんど全て石段である。
登るはおろか、下りすら恐ろしいのに、間違えなくきちんと石が積まれている。
さすが、古道である。


恐れていた下り坂。
でも、ここを下りたかったのだ。

昨年、大雲取越えの次の山越えルート、小雲取越えをした前日、足ならしに大雲取越えの出口から逆行して、30分ほどにある円座石(わろうだいし)まで歩いた。
その時、70名ほどいただろうか、ご年配のハイカー達が続々と越前峠から下ってきたのだった。少なくても6時間は歩いているだろうに、自分より20も30も上の大先輩達は、元気にぴょこぴょこ現れたのだった。
小雲取越えを翌日に控え、その時実は多少の不安を抱いていたのだった。
(翌日、小雲取越えの途中で、彼らにものすごい勢いで追い越された・・・)


そう。その念願の越前峠越えなのだ。
さぁ、いかに?

不思議と膝へのダメージはなかった。
日頃の筋トレの成果か。
実は、ここ10年くらいのうちで、私の身体は今最も鍛えられているのだ。
体重はちっとも減らないが、さすがに、筋肉は強くなってくれたらしい。
膝が笑うことなく、難なく難所を下り切った。

ここまでくれば、終わりも近い!
ゆるくなった傾斜を足を投げ出し歩きながら、心が軽くなった。


しかし、それでも大雲取越えは終わらない。
気があせる分か、なかなか道が進まない。
少々惰性の歩みのうちに、やっと、最後の休憩所に着いた。
座りながらの足、腰のストレッチが、この上ない痛気持ちよさを与えた。

皆は多くを語らない。疲れているのか、満足感にひたっているのか。

再び、甘夏が、最後を歩く元気をくれた。


そしてほどなく、円座石(わろうだいし)に到着した。
熊野三山の神々が座って語らったといわれるこんもりとしたこの塚は、いつもと変わらず、黙ってそこにいた。木漏れ日がスポットライトのように、神を表わす梵字の一つを照らしていた。


3たび立つ、神々の領域。


二つの山越えルートの間の長閑な村落、小口は、もうすぐそこだ。
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by phytobalance | 2008-05-04 09:33 | 森・Forest

大雲取越えに挑む!

那智、青岸渡寺のすぐ横から熊野古道大雲取越えのルートが始まる。

これまで歩いた熊野古道の入り口は、決して期待を裏切らない。
どこも、いきなり急な石段が、少々暗い杉林に続く。

さすが古道!というワクワク感と満足感、そして、歩けるのだろうかという一抹の不安が、ひんやりとした古道の空気とともに、一瞬心をよぎるのである。


今回は、難所といわれる大雲取越えだ。
この石段が、傾斜が、5時間も続くのであれば、それはそれなりに覚悟のいることだ。
何しろ、雲の中を行くがごとき険しい道、というのが名前の由来なのだから。

しかし、まだまだ入り口付近。整備の行き届いた石段は、傾斜があってもかなり歩きやすく、ほどよく木々にさえぎられた朝の日差しをまだらに感じながら、足は軽やかに石段を踏む。

40分程歩いただろうか。
最初の休憩所となる那智高原公園。
広大なその公園は、ものすごくよく整備され、美しくツツジが咲き乱れていた。
傾斜を利用した長い長いすべり台、木で作られたアスレチックの遊具がゆとりをもってあちらこちらにちりばめられていた。古道を歩く厳かな気持ちが一気に飛んでしまった。
太陽は高く昇り、夏のような強い日差しの下で、身体はだるく、いきなり気持ちがなえた。

しかし、全行程で一番の標高差のある区間を石段で既にこなしたのだ。
まだ不安はあるものの、気を取り直して、いよいよ林道に入る。

難所といわれているので、何かワイルドな道を想像していたのだが、時折現れる急な石段を除いては、道幅も広く、とても歩きやすい癒しの道が続いていた。

それもそのはず、大雲取越えルートは、実は、一度だけだが、後鳥羽上皇が熊野詣の際、那智大社の帰り道にお籠で通った道なのだ。基本的には道幅は広い。


熊野詣とは、熊野にある3つの大社熊野三山をお参りすることであるが、これは、平安後期に、上皇を始めとする貴族達の多くが、古来より神仏の霊場であった熊野に現世浄土を求めて、京から詣でたことに始まる。熊野信仰ともいう。その後、江戸時代には一般庶民にも広まり、人々は日本各地から熊野を目指したのである。三山へ向かう人々の数はおびただしく、「蟻の熊野詣」と呼ばれたほどである。

世界遺産に認定された「紀伊山地の霊場と参詣道」は、熊野三山とそこへ向かういくつかのルート-京都方面から、高野山から、吉野から、伊勢神宮からのルート、そして、熊野周辺の海岸線に沿った道を含めたものである。

京都から詣でる上皇達の多くは、和歌山県田辺から内陸の本宮大社へ向かう「中辺路」を通り、本宮詣の後、船で熊野川を下った。河口付近にある三山の一つである速玉大社に詣で、さらに、海岸線を通って紀伊勝浦の少々手前より那智山中腹にある那智大社を詣でた。帰路は、来た道をそのまま戻り、熊野川を逆行して本宮経由で、京へ向かったのである。

しかし、那智山から山を越えれば、本宮への道のりは比較的短い。その山越えルートこそが、大雲取越え+小雲取越えなのである。後に、速玉大社、那智大社、そして、本宮大社の順で詣でた関東方面からの人々のルートとなったこの山越えの古道を、後鳥羽上皇が4回目の熊野詣の帰路に通ったと記録されている。


その歴史ある古道を歩いている。

石段は確かにきつい。永遠に続かないことだけが救いなのだが、その傾斜と先の長い道のりを思うと、いつしか深い歴史に浸ることなど忘れてしまう。一応、次なる休憩地点を目指してはいるものの、気づくと一歩一歩をただただ石段を踏みしめている。


少々長い急勾配を過ぎると、船見茶屋跡に着いた。大雲取越え前半のピークである。
ここから、海-熊野灘が一望できる。船が見えることから、この名前がついたとのこと。
標高868m。青岸渡寺との標高差約500m。ゆっくり登ってきたものの、意外とあっけなく来てしまった。
この先、若干下るものの、後半のピーク越前峠との標高差は2mだけ。
難所のひとつは既に越えたのである。

これは、イケる。
前日、大門坂の手前の無人屋台で買った甘夏が、さらに活力を与えた。
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by phytobalance | 2008-05-01 20:02 | 森・Forest

那智の一夜

1年ぶりに対面する夫婦杉は、記憶よりも遥かに大きなものだった。
3度目にして、尚、感嘆する。巨大さ。
彼らに迎えられ、また、この大門坂を登る。
このいにしえの石段は、俗界から聖地に入るまさにゲートウエイだ。

いつものように、ゆっくりとゆっくりと石段を踏みしめる。
ゴールデンウイークだというのに、ここですれ違う人々も抜かしていく人々も、両手の指で数えるほどしかいない。いつもそうなのだが。

歩を進めるにつれ、古道独特のすみきった空気が、あたかも普通のことのように、顔に馴染んでくる。遠く聞こえる那智川の流れも、知らず知らずに耳に馴染む。


私は、那智に戻ってきた。
那智大社から本宮大社に抜ける山越えルートの難所、大雲取越えのために。


那智の滝。
真っ直ぐに水を絶え間なく落とすその姿は、ナイアガラの滝より、実は怖いものを感じる。

乱れないのである。
何故か「静かな」と形容したいその力強さこそが、畏敬の念を抱かせる。


那智山青岸渡寺の宿坊、尊勝院に泊まる。
宿坊といっても、精進料理が出るわけでもなく。民宿といった感じ。
面白いことに、シャワーがないお風呂に、シャワーの有難味を感じ、また、日頃の水の無駄遣いを反省したりするのである。

それよりも、那智の山の中腹、この空気の中で夜を過ごすことが、何よりも有難い。
グレーに染まる空に、黒い山々が次第に貼り付いていく。
空気は、いつまでも澄み渡り、ひんやりと心を洗う。
ここで修行を続ける僧侶達は、こうしてまた一つ、穢れをそぎ落としていくのである。


夜は、予報外のどしゃぶりだった。ここ(山)の天気だろうか。


すっかり雨があがっていた翌朝は、あたりの透明感がいっそう増していた。

4時45分。那智山の朝は早い。
青岸渡寺も那智大社も5時のオープンに忙しい。
そんなざわつきの中、大社に拝む。

大社前のテラスから眺めると、薄明るいグレーの背景から、黒い山々が徐々に浮き上がってくる。

この空気を、朝を感じたかった。

あたかも知っている感覚のように、ひんやりとした聖なる時を楽しんだ。
大滝は、相変わらず、三重の塔の向こうで、ここちよい音を絶え間なく刻んでいた。

5時。お寺のおつとめに出る。

・・・ただただ同じお経を毎日同じ時間におつとめするのだ。
開眼を一心に願ってのことか。その願いをも無にする境地を求めてか。
僧侶たちは、毎日毎日ひたすらに、南無阿弥陀仏と唱える。

・・・そうただただ唱えることが、“道”であるように、ふと感じる。


自分をいまだ見出せないでいる自分。
みいだせなくてあせっている自分が、そう感じた。

そして、それがただただ古道を歩くことに通じているように、何故か思えた。


いよいよそのいにしえの道、大雲取越えの途に入る。
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by phytobalance | 2008-04-29 21:04 | 森・Forest