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エソ基礎7月後半 生命としての地球 つづき・・・

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トランスヒマラヤ密教入門第2巻は、「生命としての地球」という副題だけに、そのフォーカスが個人ではなく、もっと大きな枠組みについて述べている。初めて聞くような内容もあれば、なるほど~と感心する部分もあり、また、そうかもしれないけど、そこまで言ったら怪しいとか、単に宗教じゃない、、と一蹴する人々がいそうだな~という概念も含まれている。なので、比較的宇宙スケールというか神秘的ではないもの、、、私たちの実践にも重ね合わせられるようなところを1つセレクトしてみることにする。


その前に、いくつか用語の説明。
マスター(大師)とは、高次のイニシエーションを得た存在のことを指す。では、イニシエーションとは何、ということだが、要は魂の進化段階という風に理解しておけばとりあえずよいと思う。但し、今生に生を受けて人間として生きている者のほとんどが、低次のイニシエーションであっても、そう簡単に達するレベルではない、、。弟子とは、低次のイニシエーションを受けた人。熱誠家は、弟子見習い、とでもいう位置づけとのこと。まだイニシエーションは受けていない。秘教を始めとして、精神性を高める学びを継続している人や修行をしている人は、熱誠家のカテゴリーに入るらしい。


「陳腐にも、「弟子の準備が整ったときに大師は現れるであろう」と、熱誠家は聞かされてきた。そして、彼は気楽に座って、大師を待ち、もしくは自分は準備ができており十分に善良であるという思いを明確にマインドに添えて、ある大師の注目を引き付けようという試みに集中する。彼は自分自身に時々霊的な激励を与え、訓練と浄化の作業に発作的に精を出す。しかし、着実に長期に渡って横道に逸れずに熱誠家が努力することはまさに稀である。・・」
TH第2巻第1章9.大師. P77:『ホワイト・マジック』より)

弟子とか熱誠家など、よくわからない位置づけを用いなくても、この文は、精神性、スピリチュアリティを高めたいと思っている人たちには、響いてくるものなのではないかと思う。大師の接触を望んているかはともかくとして、「発作的に精をだす、、、」には、思わず苦笑してしまう、、。


「・・次のことを覚えておかなければならない。大師が熱誠家を彼の弟子のグループに加入させたとき、その熱誠家は長い間お荷物であり、しばしば邪魔者である。学ぶ人々はしばしば自らを過大評価しており、そうは思わないときでさえ実際には過大評価している。彼らは主観的に自分のことを気に入っており、なぜ大師方が印を与えないのか、なぜ見守っていることを示さないのかとしばしば困惑する。」
TH第2巻第1章9.大師. P78:『ホワイト・マジック』より)

「過大評価・・・」 していると思わなくても、しているそうだ。そうらしい。ん~。
「長い間お荷物・・・」なんだとぉー。修行の道は長い。大師、許せ。


「熱誠家が、より低位の教師たち、書籍、印刷された世界の聖典などから得た知識を完全に活用するようになるまで、大師はそのようにはしないであろうし、そうする必要もない。」
TH第2巻第1章9.大師. P78:『ホワイト・マジック』より)

まずは、目の前にあるものをしっかり学び、活用、実践せよ、、という。目の前にあるアリス・ベイリーから得られる知識を完全に活用する!なんて、、、、。今生でどこまでできるものなのか。


「当面の義務に精を出し、世界への奉仕のために自分の道具を整備しなければならない。」
TH第2巻第1章9.大師. P78:『ホワイト・マジック』より)

秘教では、進化のためには、奉仕が不可欠。しかもこの奉仕、ただ、ボランティアやればよい、、というわけではない。これについては、次回に詳しくやるようなのだけど。「奉仕」は、キーワード♪
そして、自分の「道具」を整備・・・。自分を磨け、ということだな。


「そして、大師を求めることで時間を無駄にすべきではない。いま挫かれたところで、勝利を得るべきであり、そしてそのとき、奉仕と苦闘の生活において完全な忘我の域に達し、大師の接近を阻むものは無くなるであろう。」
TH第2巻第1章9.大師. P78:『ホワイト・マジック』より)

つまり、やるべきことを淡々とやる、ということ。


大師との接触まで望まないにしろ、成長するには、このような姿勢が大切なのだろう、、と思う。






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by phytobalance | 2016-07-30 09:24 | アリス・ベイリー・AB

エソ基礎7月前半:生命としての地球

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いよいよ第2巻に突入した『トランス・ヒマラヤ密教入門』。
副題は、「生命としての地球」。

生命としての地球と言っても、生態系とかガイア理論を語っているのではなかった!
秘教では、人類同様、地球にも物質的な側面と、霊性・スピリットの側面があると捉え、第2巻は、そのスピリットの部分の解説だった。

人で言えば、神とか、高次のものに相当するのが、シャンバラ。これは、言ってしまえば、大目的、または、宇宙の進むべき(進化すべき?)方向を指している。そして、ハイラーキー。これは、人で言えば「魂」にあたる。初めて聞いたのであれば、よくわからないし、思いっきり怪しく聞こえるかもしれない。でも、秘教とは、人のみならず、この太陽系宇宙の進化の構造を説き、その方法論を語っているもの。だから、一応、進化というもの、そして、それが望ましいものである、ということが前提である、と捉えておく必要がある。

なぁんて書いている私も、「人間の本質」を解説している第1巻から、いきなり壮大なる宇宙空間的な、、、人類の運命的、歴史的遷移のからくりを説明しているような視野に拡大されており、、ん~、まだ、アジャストしてない!

「霊的ハイラーキーは次のような人々を通して働くことはできない。批判的な言葉を吐く人々、考えや態度が分離的な人々、自分たちの信念や解釈に対する党派心の強い人々。これは事実である。そのため、あなた自身の生活、および世界でのあなた個人の表現を手始めに、適切に活動するように自分自身を訓練して欲しい。」
(TH第2巻第1章5.ハイラーキー p45:『秘教心理学II』より)

ハイラーキーは、ともかく、適切に活動しなさい、ということなので、そう心がけましょうかね。


「私たちの惑星の進化の観点から見て、愛以外のものは存在せず、善意と善をなさんという意思以外のものは存在しない。これは既に存在しており、それが新に顕現するときが今日、惑星史上のどの時期よりも近づいている。」
(TH第2巻第1章6.第五王国(神の王国) p52:『光線とイニシエーション』より)

やはり「愛」なのだ♪そして、「善意」、「善」。わたしたちは、いつもいい人でいられないし、ダークサイドもあるし、、善を繕うことはできない。繕ったら、それは善でないし。でも、最終的には愛に基づく、善が、普通のことにならなくてはならないのだと思う。そこを目指すというか。他の箇所にも何回か出てきたけど、大きな変化、、、進化の時に今、差し掛かっているらしい。そして、意識していてもしていなくても、私たちはその大きなうねりの中にいるということだそうだ。と、いうことは、努力しなくても、善に向かえるのかな~。 :-) 


「死にもの狂いになり、完全に耐え切れなくなったときだけ、…古い道を放棄する準備が整う。個人において真実であることは、大きな規模での人類においても真実であるにちがいない」
(TH第2巻第1章6.第五王国(神の王国) p55:『キリストの再臨』より)

今日の社会や世界情勢を考えると、確かに今、刻々と変化に向かっているような気がしないでもない。古い道を手放し、新しい世界に移行する前兆かのように。


「いまだかつて理論によって救われたものはいない。・・・各々の人間のハートに内在するキリスト意識の目覚めによってだけ救われるのである。」
(TH第2巻第1章7.キリスト p60:『人類の問題』より)

これはキリスト教の話ではない。いかなる宗教を信じていても、信じていなかったとしても、私たちひとりひとりの中に既にある「キリスト意識」について語っているのである。それは、愛と慈悲。そして、それを目覚めさせること、それに基づき日常生活を送ることこそが、救いの道であり、そして、進化の方向性であるというのである。

私たちは、壮大なる枠組みの中で進化を続けているのであろうが、そんなことまで思いを巡らせなくてもよいのかもしれない。秘教には、日々の生活の指針や戒めが沢山書いてある。そんなところから、考えていく、行動していく、、ということで、とりあえずは、いいのだと思う。




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by phytobalance | 2016-07-05 22:42 | アリス・ベイリー・AB