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ホワイトマジック

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ホワイトマジック。

この怪しげで魅惑的な響きは、探究心とは異なる不思議なエネルギーで心を乱す。

白魔術・・・日本語だと尚怪しい。

『ホワイトマジック』とは、何か。
以前にブログで紹介した、アリス・ベイリーによる神智学系秘教の論文のひとつ。


アリス・ベイリーの秘教に関しては、『秘教治療』を2010年から神尾学スクールで1年間学び、2015年から再び1年間学んだ。2ラウンドしたところで、なんとなく『秘教治療』の大枠や方向性がつかめた感があった。しばらく秘教の学びはいいかな、と思っていたところだった。そんな時にホワイトマジックの勉強会へのお誘いを受けた。

しばらくはいいかな、と思っていたのに、『ホワイトマジック』を読み進めるうちに、秘教への見方が変わった。やっぱり、秘教は真実への道筋なのかもしれない、と。であれば、もっと知りたい。


ホワイトマジック(白魔術)とは何か。

それは、啓示を降ろすための術である。
と、言えば、怪しすぎるだろうか。

それは、人類の発展へと導く沢山の素晴らしい発明やアイディアの閃きをうけ、それを実現していくための方法である。
と、言えば、なんとなく魅力的ではないだろうか?

それは、自分探しのゴール、または、自分の本当にやりたいこと、または、使命、を見つけるため、つまり、自分の本質(つまり、魂)に出会うための道筋である。
と、言えば、かなり興味を持つだろうか。

それは、より精妙なエネルギーを感受できるようになり、より高い波動で生きる道である。
と、言えば、ヒーラーやエネルギーワーカーは、無視できないのではないだろうか。


実は、ブラックマジック、つまり、黒魔術なるものも存在するらしい。
それは、ホワイトマジックと似たような雰囲気で私たちの周りを取り巻く。
魔術も似ている。ほぼ同じようなものもあるかもしれない。
決定的に違うのは、方向性である。
黒魔術は、下の方から放たれるエネルギーにより、より物質世界へ、より重い波動へと私たちを導く。
黒魔術は、多くの私たちにとって魅力的であり、心地よい。
何故なら、私たちは、物質をまとい、物質に価値を置く世界に生きているから。

ますます怪しい、、感じ?(怖い??)


でも、そんなことはない。
『ホワイトマジック』では、まだまだ面食らうような概念が繰り広げられているが、『秘教治療』よりは、おそらく読みやすく、とても面白い。私たちの社会で起きていることや、日々の生活や仕事で直面することに対して、鋭い解釈を突き付けてくる。自分を振り返り、人々を思いやり、社会を考える深遠な指南書である。沢山の戒めも登場する。

ドキッとするようなことも書かれているし、チクリと、もしくは、グサッと刺されるようなことも書かれているけれど、何故か腑に落ち、内省へと導く。でも、やっぱり面白いのである。ちょっと笑えたりもする。あまりにも、私たちにとっての現実生活、現実社会そのものが書かれているから。気づくとその鋭い解釈に魅了されている。


ホワイトマジックは、人類、そして、すべての生命、物質をも進化させる術である。

でも、それは、また、私たちが日々より良く生きていくためのガイドラインでもあるのだ。


ホワイトマジック、使ってみたくなってきた?




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by phytobalance | 2016-12-30 12:04 | アリス・ベイリー・AB

エソ基礎12月後半! LOVE & LIGHT!

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『トランスヒマラヤ密教入門』第3巻意識の進化もこの回で終わり。
2016年最後のテーマは「愛」と「光」。

でも、、「愛」について引用したい箇所は、神尾先生の『王道ブログ』でほとんど引用されているので、どーしようかな・・・。多々かぶるが、まぁ、書いてみよう。
復習~。


愛 LOVE

「多くの人々にとって、実に大多数の人々にとって、愛とは実際には愛ではなく、愛したいという欲求と愛されたいという欲求、および、この感傷を表現し呼び起こす何かを行って自らの内的生活をより快適なものにしたいという気持ちの混ざり合ったものでしかない。・・・」
(TH第3巻第5章5.愛p205:『グラマー』より)

私たちが愛だと思っているものは、実は情愛に過ぎない。と、『王道ブログ』でも解説されていた通り。
しかし、それにしても、
「・・この感傷を表現し呼び起こす何かを行って自らの内的生活をより快適なものにしたいという気持ち・・・」
とは、ズブッと刺される。満たされない何かを満たすため、、とも読み取れる。
自分で内省するには、とっても重要な側面かと思う。
何度繰り返してもよいだろう。マントラのように!!


「情愛は愛ではない。それは私たちがアストラル体の発揮を通して表現する欲求であり、この活動が私たちの接触に影響を与えている。・・・この感傷のグラマーが世界の親切な人々すべてを束縛して狼狽させている。」
(TH第3巻第5章5.愛p205-6:『グラマー』より)

ここでいう「接触」とは、「魂」との接触、、と解釈してよいだろう。
「グラマー」とは、アストラル界(感情)と関係する錯覚のこと。

まぁ、一喜一憂したり、振り回される情愛、、、恋愛とか、、が悪いわけではないと思うが、「感傷のグラマーが世界の人々すべてを束縛して狼狽させている」とは、穏やかではないね。「感傷」のグラマーである。男女間もそうであるけど、とかく「愛」を語るヒーリング業界のセラピストは、これを考えていくべきであろう。


「愛とは感傷でも情緒でもない。また、欲求でもなければ、日常生活において正しく行動したいという利己的な動機でもない。愛とは、世界を導き、統合と和合と包括・・・へと導くフォースの行使である。愛とは - 人間の性質に固有の利己性ゆえに - 育成が困難なものである。あらゆる生活状況で愛を応用することは難しく、愛を表現するためにはあなた方は極限まで与えなければならず、利己的な個人活動を根絶しなければならない。」
(TH第3巻第5章5.愛p206-7:『新しい時代の弟子道I』より)

この方向へ進むために、ヒーリングを行うものとしての学びがある。これに尽きるだろう。
こうしなくてはならない、とか、これが正しいとか、良いとか、そういうことではなく、これを目指すかどうかは、全て本人の選択による。
しかし、愛を語りたいのであれば、これを熟考し、この方向へと行動すべきなのだと思う。


光 LIGHT

「秘教徒は、自らの肉体のすべての原子内に光の点があることを知っている。彼は魂の性質が光であることを知っている。永劫にわたって、彼は自らの諸体の中に生じる光を、肉体の原子質料内の光を頼りにして歩む。したがって、物質の光に導かれるのである。後に魂の光を発見する。さらに後に、魂の光と物質の光を融合し混ぜ合わせることを学ぶ。そのとき、彼は光の担い手として、つまり混ぜ合わされ焦点化された物質の純化された光と魂の光として光輝く。・・・・」
(TH第3巻第5章8.光p221-2:『グラマー』より)

エネルギーワーカーやヒーラー達が、よく「Love & Light」と書いているが、それは、前述に書いた意味でのLoveと、まさにここで言っているLightを指している(と思う)。この光となって、この光を世界にもたらすことが、いわゆるヒーラーと言われる人々の大きな役割であろうかと思う。少なくても、それを目指して。


「魂の存在事実がやがて、光と放射に関する研究と光の微粒子内での新たな放出によって証明されるであろう。」
(TH第3巻第5章8.光p222:『秘教心理学I』より)

ここ数年、特にここ1年、エネルギーを理解するために、量子力学を勉強してきた。量子の世界がいくらかでも感覚として掴めきた。そして、多くの研究者たちが長期に渡って研究し続けていることも知ることになった。数々のノーベル賞を受賞するような研究、それにつながるような想像を絶する努力を世界中の研究者が継続している。

彼らの研究の先にあるものは、、、、きっと、魂の存在の証明なのだろう!


Happy & Joyful holiday seasons!

LOVE & LIGHT!!




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by phytobalance | 2016-12-24 13:42 | アリス・ベイリー・AB

エソ基礎12月前半:エネルギー!!

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『トランスヒマラヤ密教入門』第3巻意識の進化も最終章までたどり着いた。
第5章:光と愛と力。

過去数回の緊張するテーマからすると、ホッとするなぁ~。
今回は、エネルギー♪のところから、いくつかを引用してみる。


「事故、伝染病や感染症を引き起こす傷によるものを除いて、すべての病気は結局のところ、諸センターの状態に起因する。つまり、エネルギーの流れが乱れていたり、エネルギーが過剰に活動し方向性が不適切であったり、エネルギーが欠乏したりし、エネルギーが活用されず、相応の高位のエネルギー・センターへと変性されずに残っていたりすることで起こるのである。」
(TH第3巻第5章1. エネルギーとフォース. P186:『秘教治療』より)

センターとは、チャクラのこと。『秘教治療』でも学んだけど、病気はチャクラの状態によって起きるもの、というのが秘教での認識。それゆえ、『秘教治療』では、将来の医療は、チャクラを診ていくこと、と言っている。

エネルギーの流れの乱れや、過剰や欠乏、については、エネルギーワークを行う根本的な理由なので、こうはっきり書いてあると、エネルギーワーカーとしては、嬉しい、というか、安心する♪


「エネルギーとフォースしか存在しない。これは、秘教科学の基礎になるもうひとつの基本公理つまり決まり文句である。治療に携わっている人々はこのことを認識しなければならない。顕現しているものでそうでないものは何一つ存在しない。」
(TH第3巻第5章1. エネルギーとフォース. P186:『秘教治療』より)

いいわぁ~。こんなにもはっきりと断言してくれて。
そう。全てはエネルギー!

エネルギーとフォースの違いは、いまひとつ、クリアに理解できてない。
エネルギーは魂から流れているもの、とのこと。他の箇所の表記から察するに、さらには、いわゆる神的な高位の意識、そして、多分、その辺のいたるところにあるもの、、と言う感じかなぁ。

一方、フォースはパーソナリティを構成しているエネルギーとのこと。だけれども、エネルギーが渦を成して、ある一定の特性や力を帯びるとフォース、というのではないかと思われる。なぜなら、

「病気そのものが活動的なエネルギーのひとつの形であり、破壊や死をもたらすフォースとして現れているのである。」
(TH第3巻第4章1. エネルギーとフォース. P186:『秘教治療』より)

とあるので。
違うかなー。違ったら、ごめんなさい。


「秘教哲学は次の基礎の上に築かれている。

1 顕現しているもので、組織化されたエネルギーではないものはない。
2 エネルギーは思考に従い、順応する。
3 秘教徒はエネルギーの中でエネルギーを扱う。」
(TH第3巻第4章2. 宇宙のエネルギー. P192:『ハイラーキーの出現』より)

全てがエネルギーで、しかも、エネルギーは思考に従うのだ!
悪しきことを考えない方がよい理由がここにある。しかも、順応すらするのだ。


ともすると、単に「あちら系(どちら?)」の話でしょう、と思う人もいるであろう。でも、人々のエネルギーへの感度が、年々確実に上がっているのは、実体験からわかっている。そして、ここで言うエネルギーと関係するような生命エネルギーについても、科学的な研究が進んでいる。あと数十年もしないうちに、見えないエネルギーへの認識が、今とは全く違ったものになるだろう。

信じない?
でも、10年前はこんなにもスマホ中心の生活になるなんて想像すらできなかったし、25年前はまだブラウザなるものはおそらくプロトタイプがあったかなかったかくらいで、インターネットだって今のようなネットワークではなかったのだ。
今から10年後の世界が、今の私たちの想像を超えることは十分にあり得るのだ。

全てはエネルギーである。
そして、エネルギーは思考に従う。

熟考すべきことだと思っている。




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by phytobalance | 2016-12-12 20:32 | アリス・ベイリー・AB

エソ基礎11月後半:死のお話

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『トランスヒマラヤ密教入門』第3巻「意識の進化」。
第4章「転生とカルマ」のお勉強に入りました。
もう繕いきれないから、そのまま書きましょう。

転生とかいうと、もう信じるか信じないかがスタートラインになっちゃうので、信じない人はスルーかな。私はと言えば、信じているか信じてないかわからない。ちょっと嘘っぽくもあるけど、意外と本当だったりしたら、知っておきたいかな、と思っていたりする。

転生だから、つまりは、死の話になる。ここ数年、死生学とか、終末期についての書籍などいろいろ出てきたのだけど、最近、少し静かになったかな。全体的には、やっぱり、避けがちなテーマ。死のテーマについても、流行りすたりがあるのかな、日本は。

いずれにしても、誰だって死は怖いし、愛する人、大好きな人とお別れするのは辛い。でも、なんで怖いか、辛いか、その理由が書いてある。今、まさに悲しみや辛さに直面している人にとっては耐え難いかもしれないけど、もしかすると救いになるかもしれない。転生とか信じてなくても、読んでみては、とも思う。


「今後数年間のうちに、・・・肉体を放棄した後も人間が生命ある意識的な存在として存続することに疑問を抱く人はいなくなり、物質界の背後にある領域において人間が存在し続けることが、そして、生き続け、認識し、意識していることが知られるであろう。・・・」
(TH第3巻第4章1. 不死性. P128:『秘教治療』より)

少し前に、「人は死なない」という本が出たけど、死なないらしい。肉体とはお別れするのだけど、命ある意識的な存在としては続くのだ。ふぅ~ん。肉体とだけお別れで、意識が残るのであれば、なんか、ちょっと感じが違うな。死への恐怖って、無くなってしまうことに対してなのかな、って思えてくる。意識が残るのなら、恐れ若干軽減~。


「人間の霊は死ぬことはない。それは永遠に存続し、進化の道を一つの点から次の点へと、一つの段階から次の段階へと前進し、・・・」
(TH第3巻第4章1. 不死性. P131:『キリストの再臨』より)

永遠に存続する、、と来た。私たち、永遠に進化に向けて歩んでいくのね。とすると、死んだ後もいろいろとやることがありそう。きっと、楽しいこともあるだろう。


「・・・死というものはない。あなた方も知っているように、それはより完成な生命への入り口であり、肉の器による束縛からの解放である。・・・」
(TH第3巻第4章2.死. P132:『ホワイトマジック』より)

自分はもうずっとこの肉体と付き合ってきたから、それによって束縛されていると考えたこともなかったけど、病気とかもほとんどしないし。ま、ボディに対してリクエストがないわけではないけどね。 :-)
(現在、背筋力アップ中!姿勢がそんな悪いわけではないけどね。単に自分で気に入ってないだけ。へへ。次は気に入るような器に入るかな~。)


「非常に恐れられているような引き裂かれるような過程は、非業の死や突然死の場合以外に存在しない。そのときでも真に不快なことは、危難と崩壊が差し迫っているという瞬間的な圧倒する感覚だけであり。電気ショックに似た感覚だけである。それ以上のものではない。」
(TH第3巻第4章2.死. P132:『ホワイトマジック』より)

ほんと?じゃ、バンジージャンプするより、怖くないかも??


「一般的な善良な市民にとっての死は、彼の意識内での生活過程の継続であり、それまでの生活での関心と傾向の繰り越しである。彼の意識と目覚めの感覚は同じままであり、変わることはない。大した違いを感じることなく、大切に扱われ、また死という過程を通ってきたことに気づかないことも多い。」
(TH第3巻第4章2.死. P132:『ホワイトマジック』より)

ほんと?それは安心、、、な反面、通ってきた過程をちゃんと覚えていたい気もするな~。
善良な市民だから、大切に扱われるのだ!!いいね。


「人間のマインドがあまり発達していないため、未知のものに対する恐れ、親しみのないものに対する恐怖、形態への愛着、これらが次のような状態を生み出した。転生する神の子の生命周期において最も有益な出来事のひとつを、できるだけ長く延期し、避けるべきものとみなす状態を生み出したのである。」
(TH第3巻第4章2.死. P133:『ホワイトマジック』より)

死は、最も有益な出来事!?普通では信じがたいけど。最も有益、、と言われてもねぇ・・。


「私たちの意識が形態様相と同一化している限りは、死は私たちに対するその古くからの恐怖を保ち続けるであろう。」
(TH第3巻第4章2.死. P134:『ホワイトマジック』より)

そして、こうも書いてある。

「死という問題が通常恐怖と病的状態を呼び起こし、人々が理解をもって死を直視したがらないのは、人々が肉体の事実を重視し、自分自身を肉体と同一化しているためである。」
(TH第3巻第4章3.死の過程. P140:『秘教治療』より)

つまり、意識と肉体は別物であることを認識すれば、死への恐怖は軽減される、、ということか。肉体に執着があるわけではないけど、やっぱり、自分の自分への認識は、肉体あっての自分、、か、な。今のところ。


「死の問題つまり死の過程。これは深刻な病気にかかっている全ての人々が直視しなければならない問題である。そして、健康な人々が適切な思考と穏やかな予期を通して準備しなければならない問題でもある。死に対する大多数の人々の病的な姿勢と、健康なときに死について考えようとしない姿勢は慎重に変えられなければならない。」
(TH第3巻第4章3.死の過程. P139-140:『秘教治療』より)

この講座や他の学びから、随分と死について考えるようになった。確かに、前とは死に対する認識は変わりつつある。怖くないかっていったら、おそらく怖いのだろうけど、「あり」かな~、なんて思う。ありも無しも、皆が通る道なのだけどね。ここ数年、終末期についてのセミナーに参加し、また、死ぬ時のシュミレーションのワークも何度か経験した。いろいろと考えさせられたし、少し楽しかった。

致死率100%。練習するのも悪くない・・・と言ったら、不謹慎?




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by phytobalance | 2016-12-04 22:26 | アリス・ベイリー・AB