フィトバランス phytobalance

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出会い

また、新たな出会いがあった。参加したワークショップでのこと。
これから長くお付き合いする方々かどうかわからない。

でも、何か気になる。

前日、たまたまチケットを貰って、急遽参加したセミナーで初めて聞いた言葉。
そして、翌日出会った人は、それを勉強し、実践している方だった。
驚いた。

そしてまた、前日に知り合い達が話している中に登場した人にも、出会ってしまった。

セラピストなる狭い世界にいるからかもしれないけど、でも、シンクロしている、というか、何か引き合わされているような気もする。

そもそもこのワークショップに参加するきっかけも、人との出会いだった。
最初のきっかけから、5段階くらいを経て、このワークショップに至った。

何に動かされている日々なのだろうか。
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# by phytobalance | 2006-02-22 23:57 | 日常・Daily Life

心が揺れる

最近、2度ほど心が似たように揺れた

最初は、ある心理療法的セラピーのワークショップでのこと。
まずやることは、目を軽く閉じて、思考を取り去る、という状態に自分を持っていく。
そして、準備ができたら、パートナーにあらかじめ決めていた呼び方で自分を呼んでもらう。
ゆっくりと、そして、繰り返し。

すると、いつも呼ばれている呼び方なのに、心がうるるると揺れ始め、泣きたい気分になる。

2度目は、あるボディワークでのこと。
ゆるゆるとゆりかごのように揺さぶられ、とても気持ちが良くなるのだが、心が動き始め、泣きたい気分になる。

どちらも泣くまでにいたらなかったが、あの、心の緩さ、揺れかたが、妙に弱くするのである。

多分、どちらのセラピーも感情を解放する、ということをやっていたのだろうけど、短時間でそのような状況を感じさせる、とは、すごいものだと思った。


自分は、セラピストという仕事がら、詰まっているものは、早目に出して解消しておこう、といろいろ意識的に取り組んでいる。
何かわからないけど、何か潜んでいる!感をずーっと持っているからだ。
その正体を暴こう!と、日々楽しみにしていたりする。
だけれども、固い扉がその出口を阻んでいるような気もする。
その実、何があるのか、または、無いのか、分かっていない。


この心の緩さを体験して以来、そこに潜むものが「存在」することだけは確信できた。

その正体を、近々必ず暴くぞ、と意気込んでいる。
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# by phytobalance | 2006-02-21 23:28 | 心・Heart&Soul

鋏捌き

ここ8年くらい、いつも同じヘアスタイリストさんに髪を切ってもらっている。
美容師として、そして、事業者として、素晴しい経歴を持っている方。

そのスタイリストさんは、新しい事業の準備で、ここのところしばらくお休みとのこと。

ピンチヒッターとして待っていたのは、ベテランヘアスタイリストで彼のビジネスパートナー。

でも、もう8年、別の人が私の髪に鋏を入れたことはない。
不安はあったが、NO CHOICE。
とにかくお任せすることにした。

あまり期待せず、あまり話もせず、早速雑誌を開く。

櫛が髪をすり抜けた後、髪がさらっと持ち上げられ、鋏が入った。

えっ????

その瞬間、目を正面の鏡に移しざるを得なかった。

ものすごい鋏捌きである。
私の視線など気にせず、鋏は軽快な音を立てて、遊んでるかのごとく私の髪を切り飛ばす!!

思わず、顔がほころぶ。?というか、苦笑。

上手すぎるのである。
GOD HAND!!!

鋏が入って30秒もしないうちに私の不安は消えていた。

もちろん仕上がりも大満足だ。
私の髪質に、そして、雰囲気に最も合うスタイルに仕上がった。
(まぁ、子供っぽく見えますが。それは、私の顔とキャラのせい。。)

そして、もっとすごいのは、私がちゃんとスタイリングをしなかったとしても、その鋏捌きのすごさを感じることができるのである。

まさにプロとはこのことだ。

一瞬にして、お客様に最も合うものを感じ取る。
30秒もしないうちに、お客様の信頼を得る。
そして、思わず顔がほころぶほどの大満足をお客様に与える。


私もいつかそうなりたい、と思った。
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# by phytobalance | 2006-02-20 23:24 | 日常・Daily Life

フラワーエッセンスを感じた時

フラワーエッセンスを勉強し始めたのは、ちょっとしたことからだった。

ある居酒屋で、波動水なるものを作るという女性が、
「フラワーエッセンスは、もっと日本で広がるべきだ。アロマセラピーは広がったが、アロマセラピストでさえ、エッセンシャルオイルの本当の効力をあまり知っていない。」
と、言ったからだ。

当時、私は、フラワーエッセンスのことをほとんど知らなかったし、アロマセラピーのことも香りがする精油、芳香浴やマッサージをするもの、くらいの知識しかなかった。

フラワーエッセンスとは、簡単に言えば、お花のエネルギーを含んだ水である。
各お花は、人のある一定の感情に働きかけるので、そのエネルギーを含んだ水をとることで、感情のバランスを整えることができるというものである。

ちょっと不思議な感じだが、あまり疑いもせずに講座をとることにした。

毎週、毎週、講座でフラワーエッセンスを選んで、その後一週間、毎日フラワーエッセンスを飲む。一日に数回、数滴ずつ飲むのである。

次のクラスで、皆でフラワーエッセンスの効果などをシェアリングする。
クラスの半分くらいの人達は、親との会話がスムースになった、とか、涙があふれてとまらなかった、とか、ちょっと湿疹が出たが翌日消えた、とか、怒りがおさまった、とか、人間関係がスムースになった、等等、変化を語っていた。

私には何も変化がなかった。

次の週も次の週も。何も変化がなかった。


それから2ヶ月以上が過ぎたある晴れた朝、通勤で東京メトロの駅から地上へ出た。
澄み渡った冬の朝。とっても穏やかだった。不思議な穏やかさがあった。
いい天気だな。青い空だからだな、、と思った。

そして、翌日の朝、また、東京メトロの駅から地上へ出た。
また、穏やかだった。妙に穏やかだった。
今日もいい天気だ。空は青い。
でも、変に穏やかだ。

そして、その次の日も、その次の日も、青い空とは関係なく、メトロの駅から地上へ出るたびに穏やかだった。

私は、穏やかな人間ではなかった。ある時から「穏やかになる」ことが、ひとつのテーマでもあった。でも、穏やかでない人間は、そう簡単に穏やかにはなれない。もしかすると、穏やかさが何であるかも知らないのかもしれない。

でも、メトロから地上に出ると穏やかだった。
その穏やかさは、自分がこれまで経験したことのないような境地を感じさせた。

一週間くらいして初めて、もしかするとこれがフラワーエッセンスの効果かな?と思った。

そして、それからしばらく、私は変な穏やかさと一緒だった。

それから4年、私が本当に穏やかな人間になったのかどうかはともかくとして、人々の私につける形容詞がどんどん変化していくことになる。
おもしろいくらいに、気持ち悪いくらいに。

新しい形容詞を兄弟に言ったら、笑い転げていた。
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# by phytobalance | 2006-02-19 21:42 | フラワー・Flowers

プロフィール

植物のパワーで心とからだにバランス感覚を身につける!という新しいコンセプトの元気になるためのセラピーサロン、フィトバランスを東京都港区赤坂にオープンしました!

フラワーエッセンスを使った心・感情のバランスカウンセリング、
元気になるための植物療法と生活習慣のアドバイスをするライフスタイル・カウンセリング
を行っていきます。

病気にならない心とからだ創り、それが、元気になること、美しくなること、成功することの原点だと思っています。

ホームページはこちら! www.elstyle.jp

バランス感覚を身につけたい!と感じたら、どうぞ!!

ホリスティックハーバルセラピスト(メディカルハーブ広報センター認定 )、フラワーエッセンスプラクティショナー(日本フラワーエッセンス協会認定)、アロマインストラクター(ナードアロマテラピー協会認定)、生活習慣病予防指導士(NPO法人日本ホリスティック医学協会認定)
です。

どうぞよろしくお願いいたします!!
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# by phytobalance | 2006-02-19 00:05 | プロフィール

身土不二

You are what you eat!
と、ロジャー・ウイリアムスという博士が言ったが、それは、
「わたし達は、わたし達が食べるものそのものである」
と言う意味である。

つまり、わたし達は、食べ物によってでしか身体を作ることも、成長させることも、生命を維持することもできない、ということ。

当たり前でいて、意外と考えていないことだ。

その証拠に、わたし達はからだによろしくない添加物、保存料、着色料いっぱいの食べ物を平気で沢山食べている。また、からだによろしくない農薬や肥料によって育てられた作物を平気で食べている。

売っているからしょうがないし、からだに大丈夫なレベルだから売られているのだろう、くらいにしか思っていないだろうか。

ジョナサン・ライト博士は、
「ヒトのからだは、薬や化学物質ではできていない」
とも言っている。


現代病の多くは、代謝異常や免疫異常が原因であるという。
からだを作ったり、からだの調子を整えたり、からだのエネルギーを生成するためには、3大栄養素であるタンパク質、脂質、糖質のほかに、微量栄養素であるビタミン、ミネラル、そして、機能性食品と呼ばれるフィトケミカル、つまり、植物化学成分が必要である。
しかし、わたし達は、これらの栄養素や成分を正しいバランスで摂取していないだけでなく、多量の化学物質をからだに投入しているのである。

だから、代謝異常や免疫異常が起こるのである。
当たり前だ。


わたし達が摂取すべき食物の多くは、植物性である。
植物は土壌で育つ。
動物性のものを食べるにしてもその動物は植物を食べて成長しているのである。
当たり前のことである。

でも、その土壌は化学肥料や農薬によって、本来あるべきミネラルをもはや有していないし、汚染されている。わたし達は、そこで育つ植物、野菜を食べるのである。
その植物には、もはや本来有していた十分な栄養素が含まれていない。
野菜を食べても食べても必要な栄養素はもはや摂取できないのである。そればかりか、野菜と一緒に化学物質を摂取しているのである。


「身土不二」
からだと土は一体である、という意味。

本当にそうなんだ、とこの危機に瀕して初めて理解する。
土壌→植物→動物→人間
  ↑  ↓   ↓   ↓
   ←←←←←←←←
そして、全てが土に返るのだ。

前に、生ゴミを土に返したーい、とブログに書いたが、それは、隠された私の心の叫びでもなんでもなく、生命体としてのあたりまえの叫びだったのだと思う。

わたし達の多くは、土をみることすらできなくなった町に住む。
「身土不二」の意味を体感することすらできない。


造りあげられてしまった社会の仕組みを変えるのは容易ではない。
生活習慣すら変えるのは容易ではない。
昔のような社会に戻すことなどもはや不可能に思える。
そんなこと、したいとも思わないのである。

でも、人が社会を作ったのだ。

病気に苦しむのか、社会を嘆くのか、社会運動を起こすのか、はたまた、そんなことは考えずに生きるのか。

それは、ひとりひとりの選択である。

ひとりひとりが社会を作っているのである。

そして、自分が、自分で、自分のからだをつくるのである。
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# by phytobalance | 2006-02-18 20:26 | からだ・Body

自然治癒力

「自然治癒力」という言葉は、一般に随分認識されるようになった。

だけれども、わたし達は本当に「自然治癒力」を信じているのであろうか。

切り傷は自然治癒する!と信じられるが、風邪が自然治癒していると信じているだろうか。
良くなりたがっている「からだ」を感じることができるであろうか。


以前に、自然治癒学プロジェクトという連続講座を受講した。
自然治癒学という学問は確立されていないのだけど、自然治癒についてどう考えていったらよいのか、というものだったと記憶している。

その講座で、「自然治癒力の原点は、いかに自分らしく生きるか、ということ」と言っていた。
また、「自然治癒力は、人間が持つ潜在能力であるから、それに気づくことが大切で、気づくことによって、自然治癒が起こる」とも、言っていたような気がする。


2年ほど前、力が出なくなってしまったことがあった。
それまで、大病もせず、比較的健康だったし、その時も具合が悪かったわけではない。
でも、力が出なくなってしまったのだ。
疲れて、フィットネスジムへも行けず、朝も起きれない。
とにかく力が出なくて、気力だけで会社へ行き、仕事に集中することで体調の変化をごまかしていた。

更年期障害にしては、かなり早過ぎる(多分)けど。。
これが、老いるということか、と思った。
このまま年をとっていくのだな、と感じた。
運動できてない分、からだはブヨブヨしてきても、
「私は、どうせ、動けないのだから、どうしようもない。。」と、ヤバっ!とも思わず、おばさん的思考に陥ってもいた。

その時は、黒酢を飲みだして、なんとか若干元気になることができた。

その年、それとは全く関係ない理由から、私は会社を辞め、結局現在の仕事をする突破口を開くことになった。


それから1年半立って、恐ろしく元気になった自分がいる。
力がでなくなる前よりももっと元気である。
体力や体調で言えば、多分、5年前より良い状態かもしれない。

あのまま老いていくと思っていたのに。。

ストレスの少ない生活をしているからかも知れないし、フィットネスジムへ以前以上に通えているからかもしれない。前よりも自分らしい生き方をしているからかもしれない。

振り返ってみると、あのまま働き続けていたら、大病をしていたのかもしれない、とも思う。
会社を辞めたのは、全く別の理由からだったけど、もしかすると、「あの時」を選んだのは、悲鳴を上げていたからだを無意識的に察知したからかな、とも思えてくる。

そう、きっと、からだは元気になりたかったのである。

自然治癒が起こっていたのである。
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# by phytobalance | 2006-02-16 23:53 | からだ・Body

無我の境地か?

ヨガを復活させて半年近くになる。
少しずつ慣れてきたし、コツ、みたいなものも分かってきたような気がする。

お腹の奥、いわゆる、丹田といわれる辺りをひたすら締めることによって、例えば、バランスがとりやすくなったり、からだを支えている筋肉の負荷を減らすことができたりするようだ。

ただ、どうしても、苦手なのは、チェアのポーズ。
椅子に腰掛けているがごとく、腰を落とし、腿を床と平行にする。
さらに、伸ばした背筋を前傾させ、合掌した手を背筋の角度の延長線上に伸ばす。

とってもつらい。大腿筋を使わずにはいられない。
お腹の奥を締めても、やはり、大腿筋は痛いのである。
ただただ根性が必要と思われるが、それはきっと正しくないのである。
でも、他になすすべが分からず、私は、いつも、途中でくじける。

よし、今日こそは!
ボーっとした目で、正面の鏡に映った自分を見つめる。
腰を落とす、背筋を前傾させる、合掌した手を伸ばす。
ただひたすら、自分の顔をボーっと見る。
大腿筋は、痛くなってくるが、ボーっとだが集中して、鏡の中の自分の顔、さらには、伸ばした合掌した手を見つめる。

。。。

見つめていると、頭の中が、遠くの鏡の中の合掌した手と繋がっているような気がする。
大腿筋が痛いような気もするが、少し、遠くの事のようだ。
一応、お腹を更に締める。

震えてくる大腿筋は、分かるのだが、痛いのだが、痛くない。
頭をさらにぼーっとさせる。

一瞬だが、時々大腿筋が消えるような気がする。
震えているけど、時々消える大腿筋。

そして、先生の「はぁーい、いいでしょう!」の声が聞こえる。
何とかくじけずに済んだ。

さらにもう一度。
さすがにもう、限界だろうけど。。。
再び、自分をボーっとさせる。
頭は、ひたすら、鏡に映った合掌しながら伸ばした手に集中する。

。。。。。。。。

消える一瞬が、何回か。。。。ある。

。。。。。。。

「はぁーい、いいでしょう!」の声。
できた。一応、くじけずできた。。

震えていた大腿筋は確かに痛い。
でも、あの消える瞬間があったお陰で、絶えることができた。

もしかすると、思考から、大腿筋のことも、痛みも排除することがコツなのか??????

ボーっとして、頭が、合掌した手と同化してしまう瞬間!

あれは、一種の無我の境地なのかもしれない。
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# by phytobalance | 2006-02-15 15:45 | からだ・Body