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身土不二

You are what you eat!
と、ロジャー・ウイリアムスという博士が言ったが、それは、
「わたし達は、わたし達が食べるものそのものである」
と言う意味である。

つまり、わたし達は、食べ物によってでしか身体を作ることも、成長させることも、生命を維持することもできない、ということ。

当たり前でいて、意外と考えていないことだ。

その証拠に、わたし達はからだによろしくない添加物、保存料、着色料いっぱいの食べ物を平気で沢山食べている。また、からだによろしくない農薬や肥料によって育てられた作物を平気で食べている。

売っているからしょうがないし、からだに大丈夫なレベルだから売られているのだろう、くらいにしか思っていないだろうか。

ジョナサン・ライト博士は、
「ヒトのからだは、薬や化学物質ではできていない」
とも言っている。


現代病の多くは、代謝異常や免疫異常が原因であるという。
からだを作ったり、からだの調子を整えたり、からだのエネルギーを生成するためには、3大栄養素であるタンパク質、脂質、糖質のほかに、微量栄養素であるビタミン、ミネラル、そして、機能性食品と呼ばれるフィトケミカル、つまり、植物化学成分が必要である。
しかし、わたし達は、これらの栄養素や成分を正しいバランスで摂取していないだけでなく、多量の化学物質をからだに投入しているのである。

だから、代謝異常や免疫異常が起こるのである。
当たり前だ。


わたし達が摂取すべき食物の多くは、植物性である。
植物は土壌で育つ。
動物性のものを食べるにしてもその動物は植物を食べて成長しているのである。
当たり前のことである。

でも、その土壌は化学肥料や農薬によって、本来あるべきミネラルをもはや有していないし、汚染されている。わたし達は、そこで育つ植物、野菜を食べるのである。
その植物には、もはや本来有していた十分な栄養素が含まれていない。
野菜を食べても食べても必要な栄養素はもはや摂取できないのである。そればかりか、野菜と一緒に化学物質を摂取しているのである。


「身土不二」
からだと土は一体である、という意味。

本当にそうなんだ、とこの危機に瀕して初めて理解する。
土壌→植物→動物→人間
  ↑  ↓   ↓   ↓
   ←←←←←←←←
そして、全てが土に返るのだ。

前に、生ゴミを土に返したーい、とブログに書いたが、それは、隠された私の心の叫びでもなんでもなく、生命体としてのあたりまえの叫びだったのだと思う。

わたし達の多くは、土をみることすらできなくなった町に住む。
「身土不二」の意味を体感することすらできない。


造りあげられてしまった社会の仕組みを変えるのは容易ではない。
生活習慣すら変えるのは容易ではない。
昔のような社会に戻すことなどもはや不可能に思える。
そんなこと、したいとも思わないのである。

でも、人が社会を作ったのだ。

病気に苦しむのか、社会を嘆くのか、社会運動を起こすのか、はたまた、そんなことは考えずに生きるのか。

それは、ひとりひとりの選択である。

ひとりひとりが社会を作っているのである。

そして、自分が、自分で、自分のからだをつくるのである。
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# by phytobalance | 2006-02-18 20:26 | からだ・Body

自然治癒力

「自然治癒力」という言葉は、一般に随分認識されるようになった。

だけれども、わたし達は本当に「自然治癒力」を信じているのであろうか。

切り傷は自然治癒する!と信じられるが、風邪が自然治癒していると信じているだろうか。
良くなりたがっている「からだ」を感じることができるであろうか。


以前に、自然治癒学プロジェクトという連続講座を受講した。
自然治癒学という学問は確立されていないのだけど、自然治癒についてどう考えていったらよいのか、というものだったと記憶している。

その講座で、「自然治癒力の原点は、いかに自分らしく生きるか、ということ」と言っていた。
また、「自然治癒力は、人間が持つ潜在能力であるから、それに気づくことが大切で、気づくことによって、自然治癒が起こる」とも、言っていたような気がする。


2年ほど前、力が出なくなってしまったことがあった。
それまで、大病もせず、比較的健康だったし、その時も具合が悪かったわけではない。
でも、力が出なくなってしまったのだ。
疲れて、フィットネスジムへも行けず、朝も起きれない。
とにかく力が出なくて、気力だけで会社へ行き、仕事に集中することで体調の変化をごまかしていた。

更年期障害にしては、かなり早過ぎる(多分)けど。。
これが、老いるということか、と思った。
このまま年をとっていくのだな、と感じた。
運動できてない分、からだはブヨブヨしてきても、
「私は、どうせ、動けないのだから、どうしようもない。。」と、ヤバっ!とも思わず、おばさん的思考に陥ってもいた。

その時は、黒酢を飲みだして、なんとか若干元気になることができた。

その年、それとは全く関係ない理由から、私は会社を辞め、結局現在の仕事をする突破口を開くことになった。


それから1年半立って、恐ろしく元気になった自分がいる。
力がでなくなる前よりももっと元気である。
体力や体調で言えば、多分、5年前より良い状態かもしれない。

あのまま老いていくと思っていたのに。。

ストレスの少ない生活をしているからかも知れないし、フィットネスジムへ以前以上に通えているからかもしれない。前よりも自分らしい生き方をしているからかもしれない。

振り返ってみると、あのまま働き続けていたら、大病をしていたのかもしれない、とも思う。
会社を辞めたのは、全く別の理由からだったけど、もしかすると、「あの時」を選んだのは、悲鳴を上げていたからだを無意識的に察知したからかな、とも思えてくる。

そう、きっと、からだは元気になりたかったのである。

自然治癒が起こっていたのである。
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# by phytobalance | 2006-02-16 23:53 | からだ・Body

無我の境地か?

ヨガを復活させて半年近くになる。
少しずつ慣れてきたし、コツ、みたいなものも分かってきたような気がする。

お腹の奥、いわゆる、丹田といわれる辺りをひたすら締めることによって、例えば、バランスがとりやすくなったり、からだを支えている筋肉の負荷を減らすことができたりするようだ。

ただ、どうしても、苦手なのは、チェアのポーズ。
椅子に腰掛けているがごとく、腰を落とし、腿を床と平行にする。
さらに、伸ばした背筋を前傾させ、合掌した手を背筋の角度の延長線上に伸ばす。

とってもつらい。大腿筋を使わずにはいられない。
お腹の奥を締めても、やはり、大腿筋は痛いのである。
ただただ根性が必要と思われるが、それはきっと正しくないのである。
でも、他になすすべが分からず、私は、いつも、途中でくじける。

よし、今日こそは!
ボーっとした目で、正面の鏡に映った自分を見つめる。
腰を落とす、背筋を前傾させる、合掌した手を伸ばす。
ただひたすら、自分の顔をボーっと見る。
大腿筋は、痛くなってくるが、ボーっとだが集中して、鏡の中の自分の顔、さらには、伸ばした合掌した手を見つめる。

。。。

見つめていると、頭の中が、遠くの鏡の中の合掌した手と繋がっているような気がする。
大腿筋が痛いような気もするが、少し、遠くの事のようだ。
一応、お腹を更に締める。

震えてくる大腿筋は、分かるのだが、痛いのだが、痛くない。
頭をさらにぼーっとさせる。

一瞬だが、時々大腿筋が消えるような気がする。
震えているけど、時々消える大腿筋。

そして、先生の「はぁーい、いいでしょう!」の声が聞こえる。
何とかくじけずに済んだ。

さらにもう一度。
さすがにもう、限界だろうけど。。。
再び、自分をボーっとさせる。
頭は、ひたすら、鏡に映った合掌しながら伸ばした手に集中する。

。。。。。。。。

消える一瞬が、何回か。。。。ある。

。。。。。。。

「はぁーい、いいでしょう!」の声。
できた。一応、くじけずできた。。

震えていた大腿筋は確かに痛い。
でも、あの消える瞬間があったお陰で、絶えることができた。

もしかすると、思考から、大腿筋のことも、痛みも排除することがコツなのか??????

ボーっとして、頭が、合掌した手と同化してしまう瞬間!

あれは、一種の無我の境地なのかもしれない。
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# by phytobalance | 2006-02-15 15:45 | からだ・Body

観葉植物と語る

うちには、沢山の観葉植物がある。
ほとんどの植物君達ともう何年も一緒である。
丈が伸びすぎて、どうにも格好が悪くて葉っぱも出にくくなったので、切り刻んで、復活させたモンステラもいる。
捨てられていたドラセナも復活させ、細いけど、美しい葉を伸ばしている。

これまで彼らと普通に仲良くしてきたが、昨年ちょっと悲しい事があった時、ふと気づいた。

この子達は、ずっと数年間私を見てきたんだな。
嬉しい時も、悲しい時も、修羅場(!)も。。

そう思うと、急に依存心が湧いてきて、思わず、復活ドラセナの鉢を抱いて、涙した。

そうだ、ドラセナは、嘘発見器に反応するし、言葉をかけてあげる植物は元気になる!と本に書いてあったではないか!!

涙を拭いて、ドラセナの葉っぱの近くに手を当てる。

ギョ、熱い。

気のせいかと思って、葉っぱに離れて手を当てると、熱くない。
今度は、慎重にドラセナの葉っぱに沿って、手を動かす。

熱い。。これ、ってエネルギー???

次は、パキラで試したが、あまり熱さを感じなかった。

それ以来、時々、植物君達に話かけるようになった。
「きれいだね!」とか、「きれいになってね」と。

そうすると、ドラセナは必ず反応する。
その日のうちに、より元気に葉っぱを広げる。

ちょっと嬉しい。

最近、植物が元気ない。全体的に元気ない。

実は、そう見えるのではなく、そう感じるのである。

私を取り囲む植物君達が、なんかご不満そうだ。
何故か、分からない。
ただ、最近は、あまり話しかけてなかったのは事実。

ちゃんと、ゆっくりと、カウンセリングをするように、声かけてみよう。

結果は後ほど。
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# by phytobalance | 2006-02-13 15:54 | ハーブ・Herbs

思考が負ける時

ブログを初めて2週間くらい立つ。
カテゴリは、8つあるが、「心」のカテゴリが最後になってしまった。

できるだけ感じることを書いていくブログなのだけど、結局自分の心について書くのは、なかなか難しい。


私は、よく思考するそうだ。思考力をよく使っているようだ。
自分でもそう思わなくはない。
でも、ここ数年、私にとっては、「感じる」ということが大きなテーマであり、感じることを大切にしてきたし、少しずつ感じる力がついてきていると思っていた。

数ヶ月前、ある方に、「思考しか使ってない。感じる力を全く使ってない!」と言われた。
とってもショックだった。
いくらか感じることができている、と思っていただけに、ショックだった。
でも、否定もできないかもしれない。


先日、知人とある話題がもとで「信用」と「信頼」について会話があった。
信用はしているけど、それは、信頼をしていることとは限らない、というもの。
私は、その知人を信用していたが、信頼してはいないと思っていたし。
信頼とは、もっともっと深いものがあって初めて生まれるものだと思っていたから。

そう断言して、翌日に気づいた。
その話題自体が、信頼していなければできないような内容だった、ということを。
信用しているだけでは、とてもできない。私は、既にその知人を信頼していたのだと。

びっくりした。

会話をするにあたり、思考し、ものすごく言葉を選び、自分で納得して、とてもまだ信頼のレベルに達していない、と思えていたのに。

でも、違った。

私の行動は、思考を飛び越え、心に従っていたのだ。

私の思考が負けたのである。


そして、「信頼は確立されていない」、と知人に向かって言ってしまったことを悔やんだ。
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# by phytobalance | 2006-02-12 21:56 | 心・Heart&Soul

お仕事楽しむ術

仕事をするのは結構好き。
振り返ってみると、ほとんどの場合、仕事を楽しんできた。
週末が邪魔なくらい、仕事が好きだった。

もちろん、会社で働いていると、嫌なこともあるし、困難なこともある。
人間関係で上手くいかないことも、仕組みが変で仕事が前に進まないこともある。
人並みに、愚痴を言っていたし、同僚と飲んで鬱憤晴らしもしていた。

でも、仕事はいつも楽しかった。

それは多分、いつも仕事は勉強する場!ととらえていたからだと思う。
普通ではめぐり合わないような人間関係のドツボにはまるし、世界に散らばる人々とプロジェクトを進めたり、自分ひとりでは到底扱えない金額を動かしたり、そんなチャンスを与えてくれるのが仕事場だから、それをどんな風に乗り切るのか、自分は思考し、行動し、様々なことを学んでいくのである。

お金をいただいて学ぶのである。

それは、一種人生ゲームみたいな、ドキドキ感もある。
上手くこのゲームを切り抜けられるか。

もちろん仕事に直面している時いつも余裕をもってゲームを楽しんでいるわけではない。
真剣に考えるし、苦しむし、身動きできなくなる時もある。
まわりが気になったり、上司に頭にくることもある。泣きたくなることもある。(実際泣いた。)
生身の自分が、生身体験しているのである。

生身体験だからこそ、学びが多い。
そして、時として、自分を振り返る。
何を学べたのか、どのくらい成長したのか。

また、あらたな仕事を与えられた時、あらかじめ、この仕事を遂行するにあたって、何がチャレンジングで、どういう部分が自分にとって学びなのか、を想定する。
そうすると、仕事があまりつらくないのである。

試験のためにいろいろ勉強するような感覚と似ている。

一年ほど前まで、そんな風に仕事に向き合ってきた。
楽しかったし、多くを学べて、その機会に感謝している。

今は、自営業。
今度は、自分で自分に学びの場を提供していかなくてはならない。
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# by phytobalance | 2006-02-11 12:48 | 日常・Daily Life

伝わらない

以前に、コミュニケーションについて勉強していたことがある。

そして、コミュニケーションスキルは、私の長所と、いつも面接の際にはアピールしていたこと。

でも、生まれて初めて、相手に自分を伝えられない経験をした。

正直に伝えても伝えても伝わらない。

すごく辛い。何がどういけないのかわからない。

。。。

言葉もない。
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# by phytobalance | 2006-02-10 23:02 | 日常・Daily Life

植物に感じる

メディカルハーブについては、いくつかの講座を通じて、かなり深く学んだ。
「植物化学科」なるコースもとったので、ハーブに含まれる成分や、それがどのような効用をからだにもたらすのか、等も覚えたりした。

なまじ知識を入れると、思考はすぐに、学んだフレーム(枠組み)に則って動きだす。
ハイビスカスは、ミネラルが豊富だから、疲労回復によい!とか。
フラボノイドが入っていると、血管強化する!とか。

でも、ハーブのすごいところは、理由はわからないけど、伝統的に経験的にわかっているから効用がある、というものが多いことだ。
つまり、有効成分はわからない。でも、効くのだ。
でも、そうすると、思考はまた、ホーソンは理由がわからないけど、心臓疾患によい!と記憶する。

でも、更に、先生のすごいところは、
ハーブの含有成分で分かっているのは極わずか、わたし達が知らない多様な成分が混ざっていて、それらの相乗作用があるから、からだへの効用は多大で、だから、どんなハーブでも自然治癒力を高めるのだろう。
と教えてくれること。


英国には植物療法士になるための学校がいくつかあるそうだが、そこでは、ハーブを育てるのはもちろんのこと、ハーブティを感じることを学ぶそうだ。
ハーブティを入れたら、まず、色を見る。香りをかぐ。そして、何をイメージするか心に聞いてみるそうだ。一日のどの時間のイメージか?季節は?どんな感情と結びついているか?
それからハーブティを飲む。
そして、飲んでどう感じるか、何をイメージするか。からだはどう変化するか。と。

そうやってハーブを感じて学んでいくそうだ。


んー、似ている。
フラワーエッセンスは、お花の「波動」を扱っているので、化学成分のお話は基本的にはでてこない。そのトレーニングは、まさに、植物を感じることだった。

ハーブも同じ。。


ハーブの成分を一生懸命覚えたのだけど、だんだんフレームが変化していく。
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# by phytobalance | 2006-02-09 23:55 | ハーブ・Herbs