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GRACEプログラム その1 サンタフェの光と風

サンタフェに到着したのは、深夜過ぎだった。
開いている店は全くなく、人はおろか、ほとんど車も走っていないその町は、途上国を感じさせた。

その日、30年来の友人を5年ぶりに訪ねたロサンゼルスからフェニックスに到着すると、サンタフェへのフライトはキャンセルされていた。その時点で、サンタフェから50マイル離れているアルバカーキへのフライトは3本残されていた。スタンバイだったが、7時間待って、2本目になんとか搭乗することができた。アルバカーキの空港で、サンタフェ行きのシャトル出発まで1時間、そこからさらに1時間かけてやっと目的地の宿に到着したのだった。

数年前にTEDでのスピーチを聞いた時、ジョン・ハリファックス老師(Roshi Joan Halifax‐ジョンと発音するのだそう)の教えをいずれ受けるのだろう、と感じた。その時がやってきたのだ。老師が30年前に開いたというUpaya Zen Centerは、サンタフェのプラザにほど近いところにある。

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初めて訪れたこの町には、プエブロスタイルと呼ばれる赤茶色のスタッコの建物が見事に立ち並んでいた。屋根はフラットでいくつもの木の梁が漆喰の壁から外に飛び出していて、なんとも可愛らしいのだ。このスタッコと少ない緑が相まって、いかにもサウスウエストの砂漠、という感はあるのだが、標高は2000mを越える。アリゾナの隣の州だから暑いのかと思っていたが、気温は東京と変わらなかった。街を散策しているうちに雲が増し、風はどんどん強くなっていく。高地の風か砂漠の風か。寒い。

中心街から車で10分もかからなかったが、Upaya Zen Centerは、背景に小高い丘が見える、ぐっと緑が多い「いなか」感がするゆるい傾斜の地にあった。Googleマップには、「仏教寺院」と書かれているのだが、日本人が想像するそれとは程遠いスタッコの建物が可愛らしく並んでいた。雲が晴れ青くなってきた空とのコントラストが美しい。ここで、翌日から3日間のGRACEプログラムを学ぶのだ。

GRACEとは、老師が作り上げたCompassion(コンパション)を養うプログラムである。死に逝く人々とともにある仕事についている医療従事者や宗教者、セラピスト、ケアワーカーは、その過程にともなう悲しさや辛さで心痛めてしまう。燃え尽きてしまう。または、専門家たちは感情を抑え込み、仕事に従事している。そうならずにケアしていくにはどうしたらよいのか。その鍵になるのが、Compassion(慈悲)であるという。その学びは、”Being with Dying”という8日間のプログラムにまとめられている。それを3日間に凝縮したプログラムがGRACEである。

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GRACEとは、

・Gather attention
・Recall intention
・Attune to self and others
・Consider what will serve
・Engage in action/End

の頭文字である。

私が長年携わっているヒーリングタッチは、ハートセンタードなバイオフィールドケアメソッドである。コンパッションはハートの質のひとつとして、ヒーリングタッチが最も大切としていることのひとつである。GRACEの文字それぞれの意味を見ても、全く違和感がなく、それなりに理解できると思えた。だから、より深い学びができるであろうという確信とともに、しかし、コンパッションなるものを果たしてメソッド化して養うことができるものなのだろうか、という若干の疑いと好奇心を持って臨んだ。

Upayaには、プログラムの前日入りし、その生活が始まった。キャンパスを歩き、施設と若干のルール、宿泊するハウスの案内を受けた。宿泊する施設はキャンパス内外に点在していた。庭には、控え目に細見のお釈迦様と小さいお地蔵様がいて、ラビリンス(迷路)もあった。その頃には風も止み、澄み渡った空気が、空を私の最も好きなブルーに染めていた。太陽の光はまぶしく、写真に収めるには陰影が強すぎる。

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禅堂は、日本建築とプエブロスタイルが見事に融合された、いわゆるお寺感があまりないフレンドリーな心地のよい空間だった。紺色の作無衣を着てあちらこちらで仕事している人たちは、レジデンスと呼ばれ、ここに住み、料理から掃除、ワークショップのサポートなどUpayaの生活を支えながら学びを続けている。数カ月間~数年学びを続けている人、新たに加わった人、一定の期間を経て社会に戻っていく人たちも。

午後5:00。地域の方も参加できる座禅は毎日開催されている。ちょっとした作法があるのだが、「間違ってもいいから」と書かれていたので、どきどきしながら静まり返った禅堂に入った。一年ぶりにお寺で瞑想をする。場のエネルギーに浸り、心地よい30分が過ぎていった。

後半は、英語のお経が書かれた小冊子が配られ、食べ物に感謝をささげる儀式をするという。レジデンス二人が、少々機械的に動き、引き下がり、供物を顔の高さに掲げ、僧侶に続いて現れた。一斉にお経が唱えられた。とりあえず、文字をたどりながら一緒に声を出したが、きれいに向きを変える際に少々ロボットや兵士を思わせるレジデンスの動きに気がとられてしまった。お経の単語を目で追うと、なんかキリスト教のように感じた。

英語のお経は初めてではない。ティクナットハン師のプラムビレッジのリトリートでもお経は英語だった。その時は歌を謳うように唱えられていたが、確かにキリスト教の聖歌を聴いているようであった。

仏教に詳しいわけでは全くないが、小さい頃からそれなりに身近にある仏教(お釈迦様と仏像好き)。特にここ数年は、何かと仏教から学ぶことが多くなっていた。なんとなく違和感を覚えつつ、儀式は終わった。その儀式とは、Gate of Sweet Nectar. 調べてみると、「甘露門」だった。ネットに挙がっていたそのお経を斜め見てみたが、英語のそれとは受ける印象がまるで違った。面白い。日本でもこの儀式を是非見てみたい。

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ディナータイム!キッチンでは老師が待っていた。昨年12月、日本で開催された「GRACEプログラム研究会」でご挨拶し、書籍にサインをいただいた以来だ。お会いした時より何故かずーっと穏やかに、でも、より威厳を感じた。食事前の感謝の祈りを唱えて、各自サーブしてダイニングへ。前日入り組もそれなりにいて、会話を始める。医師、看護師、チャプレンが多いように感じた。再受講の方、Being with Dyingを受講された方もそれなりにいた。昨年、キャンセル待ちで参加できなかったという人もいた。今年もプログラムは定員いっぱいの70名だという。その人数に驚く。ベジタリアンを感じさせない十分満たされる美味しいディナーだった。

Buddhaと名付けられた私の宿泊ハウスは、禅堂から徒歩5分くらいのところにあった。天井が高く、白を基調した内装で、白木のベッド、白の寝具で清潔感があった。シャワーも洗面台も新しい。夜はまだまだ冷え込むが、暖房もあった。お寺なので特に期待していなかったが、私にとっては十分過ぎるぐらいの施設だった。ルームメイトはまだ到着していない。今夜はひとり。あっという間に眠りに落ちた。

つづく。

by phytobalance | 2019-03-24 15:23 | 旅・Journey