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ホワイトマジック 8月後半その2 規定8 その2

規定8
アグニスーリアンは音に応答する。水は満ち引きを繰り返す。魔術師は、陸と水が出会う点で溺れないよう身を守らねばならない。乾いてもなく濡れてもいない中間点を立脚点とせねばならない。水と陸と空が出会うとき、そこが魔術を行うべき場所となる。

規定8、前回は、最初の文
「アグニスーリアンは音に応答する。」
しかカバーできなかった・・・

でも、すごく大切なところ。
f0053026_14094479.jpg本当は、説明されるまでもなく、私たちは、
欲求野心恐怖心性欲金銭
これらに振り回され、支配され、苦しんでいる、ことを知っている。
生きる目的が、無意識的にこれらを満たす方向だったり、
避ける方向だったりしている、、、場合が多い。


次の文に進んでみる。


水は満ち引きを繰り返す。

満ち引きを繰り返す「周期の法則」なるものがあるらしい。
これを理解すると、進化の法則を理解できるとのこと。
私たち自身の「生命衝動」にも周期・・「満ち引き」があり、それを知ることで平静を獲得するのだそうだ。

「光と闇、善と悪、水没と出現、イルミネーションへの前進と暗黒への見かけ上の交代といった交互に繰り返す周期は、・・・すべての形態の成長を特徴づけるもので、人種や国家の発達の特徴であり、そして絶えず照らされた状態の中を歩き、すべての暗黒の場を後にするという理想像を思い描く熱誠家にとって問題になるとういことを、私たちは忘れてしまっているのである。」(上p290)

夜があって、昼間があることが、あまりにも当たり前なので、私たちはその意義を見失っている、、という。
その意義とは、「魂は、実は、見た目は満ち引きを繰り返しながら、開花する。」ということ。

魂の開花!!のための満ち引きか・・・


魔術師は、陸と水が出会う点で溺れないよう身を守らねばならない。


メンタル体が機能し始めている、アーリア時代に生きる私たちは、生命の潮流は、いやおうなしに、自身のアストラルやメンタル領域に打ち寄せてきたり、再び、生命が引き下がる。その中で、無数の転生における満ち引きに対して、理解し、コントールしたいという欲求に目覚めるそうだ

そして、

満ち引きの中間点に立ち、・・自身の周期つまり「満ち引き」を、自分で決定したように統御することを望む。意識的な目的をもって、彼は転生した存在とういう暗闇の場所を歩くことを切望し、同様に意識的な目的をもって自分自身の中心へと引き下がるように努める。このようにして、彼は熱誠家になる。」(上p292)

熱誠家になっても、この満ち引きは繰り返される。

肉体は、
「突然の刺激に襲われ、かつての欲求と渇望に激しく駆り立てられる。また、・・・肉体から活力が流れ去り、衰弱するのを自覚する・・・」(上p292)

情緒体は、
「高揚と強烈な熱誠の周期と痛切な落胆と感心お欠如の周期がク尾後に訪れることになる。」(上p292)

メンタル体は、
「たえざる学習と多くの思考と鋭い研究と不変の知的な衝動」の周期があり、

その後、
「すべての学習が味気ないものになり、マインドが完全に休止し、不活発になったように思われる周期が訪れる。考えることが努力を要する死後tになり、様々な様相を持つ思考のむなしさがマインドを襲う」(上p292)

のだそうだ。

そして、
「熱誠家は存在することは行うことよりもずっと良いという結論を下す」(上p292)

私たちは、何千回、何万回の転生において、この満ち引きを経験する。
ひとつの生における、例えば、内向的とか外向的などと呼ばれる性質は、個人が経験する満ち引きの表れに過ぎない・・とのこと。

ともすると、私たちは、性格やタイプで人を判断したり、好んだり好まなかったりする。
でも、皆、自分自身を含めて、それぞれが、魂の開花のために、満ち引きを体験し、乗り切ろうとしている過程なのだ、、ととらえると、なんか、愛しいと思えてくる。


乾いてもなく濡れてもいない中間点を立脚点とせねばならない。

「真の真理探究者はすべて、この不安定な経験を意識しており、それを一種の罪、または激しく戦うべき状態としてしばしば見なす。「乾いてもなく濡れてもいない中間点を立脚点とせねばならない」ということを認識するのはその時である。」(上p292)


次の2つのことを理解する必要性があるらしい。

「1.感情という状態は全くの非物質的なものであるが、魂の状態を示すものではない。熱誠課は魂意識に集中し、自分が支配されていると思われる交互に移り変わる状態に影響されることを拒み、ただ「霊的存在に立脚する」ことで、「すべを成し遂げて、しっかりと立つ」ようにならなければならない。」(上p293)

「2.平衡の達成は交互の交代が習慣的なものになったときにはじめて可能になるものであり、周期的な満ち引きは魂の注目が形態様相と真の霊的人間の間を揺れ動いている限り続く。」(上p293)



ダイビングをしていた頃のある日のこと。
エキジットの時に間違えて、海に飛び出ている大きな岩の横に沿ったエキジットポイントの反対側に浮上してしまった。
そこは、とても小さな入り江になっていた。
入り江は、溶岩のようなゴツゴツした岩で囲まれており、一番奥だけわずかな幅の砂浜のようだった。

波はものすごく荒かった。
ダイビングにでるべきではなかったコンディションだった。
そもそもエキジットポイントを間違ったのも水面下でさえ、経験したことのないほどの揺れが生じていたからだ。
その上、岩に囲まれた小さな入り江だと、波の勢いが何倍にも増す。

奥の砂のある方へ向かおうとすると強い波が打ち寄せる。
前進する暇もなく、ものすごい勢いで引いていく波で岸から遠ざけられる。
上陸ポイント方向へ行きたくても、体勢を立て直せず、次の波で岩に打ち付けられそうになる。
岩からは離れなければならない。

波は打ち寄せ、間髪をいれず、ものすごい勢いで引いていく。
しかし、その波とともに岩から離れようとしても、たとえ波間があっても、入江を囲む岸壁に反射した四方から寄せる波で、コントロール不能だ。

寄せては、引き下げられ、寄せては引き下げられ、行きたいポイントに近づけない。
岩に激突するかも、という恐怖とともに、いつまで続くのかという時を過ごした。


人生で死んでもおかしくなかった3つの出来事のうちのひとつだ。


水は、満ち引きを繰り返す。

乗り越えるのは、時に、命がけかもしれない。

続く・・・



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by phytobalance | 2017-11-30 23:08 | アリス・ベイリー・AB

ホワイトマジック 8月後半その1 規定8 その1

規定8
アグニスーリアンは音に応答する。水は満ち引きを繰り返す。魔術師は、陸と水が出会う点で溺れないよう実を守らねばならない。乾いてもなく濡れてもいない中間点を立脚点とせねばならない。水と陸と空が出会うとき、そこが魔術を行うべき場所となる。

この規定は、比較的短く、20ページ程度割いて説明されているが、実は、この本の最も重要なものである、という。
説明が短いだけに、さらに要約するのが難しいかも・・・

アグニスーリアンは音に応答する

音に応答する・・・とは、魂の音色に応答するということである。
規定2に「深き瞑想において影が応答したとき、仕事が遂行する。・・」とあった。
この影とは、パーソナリティのこと。書いていないがパーソナリティが魂に応答するのである。

規定8では、応答するのは、アグニスーリアンとある。パーソナリティとアグニスーリアンは、同じではないが、アグニスーリアンを征服せずにパーソナリティの統合はないし、この規定はアストラル界についてだし、さらに、アストラル界は戦場なので、アグニスーリアンにフォーカスしているのではないかと思う。

「アグニスーリアンを征服し、欲求を鎮めることによって、・・・アストラル界のイリュージョンを貫き通し、生命をありのままに見ることができるようになる。(上P284)」
らしいから。

このアグニスーリアンとは、アストラル体を構成するアストラル界の生きた質料であるという。

そして、

「アストラル界の質料は三種類の神聖なフォースによって動かされており、それらが混ぜ合わされ、大いなるイリュージョンを生み出しているのである。」
f0053026_23015163.jpg(上p284)

その三種類のフォースとは、

・利己的な欲求というフォース
・恐怖心というフォース
・性的な引力のフォース

であり、イリュージョンを生み出すものなのに、神聖なフォースだと言う。


利己的な欲求は、退化のエネルギーであるが、進化を引き起こす上で大きな役割を果たしているそうだ。


恐怖心は、無知の産物であって、誤った思考の産物ではない、と説明されているが、人は、

「マインドの力によって、過去に受けた苦痛と悲嘆の記憶と起こるかもしれないことを予測することによって強力に増進され(上p284-285)」、

「個人的な恐れと病的な恐怖心から作り上げた想念形態(上p285)」
によって、その力が増大される。

「この想念形態は、私たちがそれに注目を向ければ向けるほど、力を増大させる。というのも「エネルギーは思考に従う」からであり、遂に私たちはそれに支配されてしまう。(上p285)」

恐怖はイリュージョンである。「これまで起こったことがないにもかかわらず、イリュージョンに基づいた予感と疑いにどれだけ多くの時間を費やしてきたか・・(上p285)」


・真理を実践し真理によって生きるという概念を、瞑想において種子となる考えとして用いて、日常生活における真理について瞑想すること・・
・健全な良識を培い、イリュージョンに基づいた恐怖心が大きくなる時間的な余裕を与えないマインドの態度を育成する・・・

この二つを行うことが必要であるとのことだ。

なぜなら

「恐怖心は、この障害において可能な非常に重要な前進をしばしば妨げる大きな障害になる。この前進は、もし、適切な機会を捉えず、意志の性質を強力に喚起しなければ、次の生涯まで延期されることにもなる。(上p285)」からである。


性的な引力は、「物質界からの引きつける力と、ある種の退化のエネルギーを帰還の道へと方向転換させる力(上p288)」だという。

これは生殖のために男性と女性を結合させようと衝動であるが、これに「情緒的な欲求が加わったことで、罪が忍び込み、この衝動が表現された目的が欲求への充足へと歪められたのである。(上p288)」

「人類がメンタル的になり、マインドのフォースが人体内に感じられつつある現在において、状況はさらに深刻にさえなっている。この状況は、魂がその三重の道具を支配するようになったとき、初めて安全に解決できるようになるのである(上p288)」


このように、人は
欲求と野心によって揺り動かされ
恐怖心によって苦しめられ
性に、そして物質のエネルギーのもう一つの表れである金銭に支配されている。」
(上p288-289)


私たちは、魂の音色に応答するため、物質のフォースと魂のフォースの戦いを続けなければならないのだが、アストラル界の戦場おいて、徹底的に戦われなければならない。


規定8の最初の節はこう締めくくる。

「問題は三重である。しかし、人間には、自らの三体と神聖な魂の三重の能力を通してその問題に対処する能力がある。(上p289)」


そう、私たちには、勝ち抜く能力があるのだ。


続く・・・






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by phytobalance | 2017-11-25 23:04 | アリス・ベイリー・AB