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竹と遊ぶ

もうひとつの里山プログラム。森の中で何か作るらしい。
楽しそうだけど、苦手科目だな。

小さい時からアート系は、決して嫌いではなかったけど、上手くできなかった。
実家には、兄弟が小学校の頃描いた絵が一枚ずつ額に入れてあるが、私のはない。
トラウマかな。


竹を切って、その竹を使って好きなものを作る、という竹細工遊びだった。
竹の増殖力はとにかくすごいらしい。そのままにしておくと、全部が竹林になりかねない(?)とか。だから、まず、森に必要である竹を切る事、をしてから、そこで切った竹を使う、というおつなプログラムなのだ。

それは嬉しい。木を切るのは好きだ。チェーンソウを渡されたりすると結構はまるタイプ。
でも、竹は手動ノコギリで切る。


そういえば、高校生の頃、学校の敷地内の竹林を畑にするとかで、皆でかなり細めな竹を、この時は、カマで刈っていた。だんだんコツを覚えて調子に乗って刈っていた、ある瞬間、竹でない感触を受けた。自分の左手の小指の付け根にざっくりやっていた。きれいな血が沢山出てきて、切れ目はとてもきれいだったのを覚えている。5針くらい縫って、翌日テニスの試合に出た。サービスの時、宙に伸ばした左手の包帯が青空を背にとても美しかった。


と、一瞬タイムトリップをしてから、竹を切る。
簡単に切り倒せた。もっと切りたかった。と、いうか、私はずっと竹切り担当をしていたかった。

作りたいものにあわせて、自分の切った竹をさらに好きな長さに切る。
その後、思い思いの場所に散って、竹細工遊びをするのである。

コップにしよう。節の前後をノコギリで切るだけでできそうだ。4つくらいつくれるだろう。
ノコギリは楽しい。コップならナイフで細かくやらなくてもすむだろうし。
竹を長めの輪切りに切り始めた。

で、気づいた。ちゃんと平に切れてない。どれも平でない!!
それに、同じような高さにできない!全然ばらばら。
いくらかマシにできなければ、持って帰るのもめんどうだし、かさばるし。

急遽、初心者にお薦めという竹箸に変更。
コップ用に切った竹をナタで縦に割ってもらう。
結構かっこいい光景だ。

おぉーー、そして、「竹を割ったような」という表現を実感する。

細く縦に割ってもらうと、もう既にお箸っぽい。
ふふ、これならなんとかなるかも。。。

するとナタ使いのガイドさんが、少し幅の広い部分を渡し、
「これは、スプーンになるわよっ!」と。

「ホント??」

その瞬間、私はスプーンに決めた。

何故か、この瞬間、どーやって作る、とか、ナイフをどーやって使うとか、自分が物を作るとどういうことになるかとか、そんな考えはよぎらなかった。スプーンを作るのである。


その竹の切れ端を持って、森へ向かった。

そして、だんだん不安になっていった。。。


(気が向いたら、続きを書きます。)
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# by phytobalance | 2006-03-07 10:59 | 森・Forest

暗闇からの贈り物

里山プログラム夜の部。ナイトウォーク。

念のため、と、密かに予備の懐中電灯をバックに潜ませていたが、なんと、灯り無しのウォークだった。

「灯り無しなので、いつものように視覚に頼ることはできません。ゆっくりと地面を踏みしめながら歩いてください。いつもとは違う足の感覚に出会うかもしれません。」、ガイドの方が言う。

なるほど、いつも足で歩いているけど、視覚に多大なる依存があって歩いているわけである。
今夜は、足だけが頼り。ふむ。

歩き始めると、目がだんだんなれていく。あまり見えなくても自然と目は地面を見る。
暗がりに白っぽい石などが、ボーっと見える。
やっぱり視覚に頼っている。でも、足はいつもより丁寧だ。
いつもより小石を感じるし、いつもより微妙な傾斜を感じる。
ちゃんと、足は、地面を読み取りながら歩くものであることを知る。


いよいよ暗闇になれてきた頃、この暗がりにぴったりの何かの声。
列は止まり、耳を澄ます。
んー、鳴いている。
フクロウだった。すごい!!
生まれて初めて聞くフクロウの声。
こんな声なのか。

すると昔、森の中でフクロウに出会ったことを思い出した。
鳴いてはいなかったが、フクロウは目の前にいた。
皆でフラッシュたいて写真を撮った。
その後、フクロウの目は大丈夫だっただろうか、と心配になった。
そんなことがあった。でも、どこだったか、誰と一緒だったか覚えていない。


10分足らず歩いたら、ウォークはそこで終わり。
そこで、火をおこした。私にとっては、久しぶりのキャンプファイヤーだ。
火が燃え始めると、皆、黙り込み火を見つめる。人間の習性か。

私も火を見つめていた。
火の形を見ていた。
イメージしていた火の形とは全然違った。
その形は、とても言語化できないけど、これまで思っていた火の形より、怖い感じで、お化けみたいだった。
火の一番外側がきれいな緑だった。こんなに緑だったっけ?
火だけを見ていても面白かった。


チーズとホットワインが配られた。
うまい。
皆もぐもぐとチーズの感触を語りながら、お皿を回した。


なんとも言えない、平和で穏やかな一時だった。
懐中電灯は、いらなかった。
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# by phytobalance | 2006-03-06 14:24 | からだ・Body

里山で風を知る

ある里山でのプログラムに参加した。
この午後のプログラムは、里山の中で自分の好きなスポットを探し、一人で時間を過ごす、というもの。ちょっと斜に構えていた。

仕事で行ったのだけど、里山を歩く時は一参加者。
早速、用意されていた物の中から、ハーブティとお菓子、クッションとフリースのブランケットを持って、スポットを探す。

まっすぐに太陽の方へ向かうが、太陽側の斜面は風がものすごく強い。
尾根の反対側で、それでも、太陽の光を十分感じられるスポットにクッションを置き、腰を下ろす。ブランケットを膝に掛ければ、寒くはない。

ハーブティをすすりながら、チョコレートを頬ばる。
高く揺れている葉っぱに覆われた天井の向こうにきれいな青空が見えた。
風は強い。

さて、何しようか。

久しぶりに瞑想でもしてよう。
胡坐をかき、膝に手を乗せ、目を閉じる。

しばらく思考と格闘していると、風に気づいた。
止むことのなく次から次へと吹く強めの風は、木々の葉っぱを踊らせて、うるさいくらいだ。
でも、その音から、その感覚から、風がどこから始まり、どうやって私にたどり着くのかが分かるのである。

強い風は、ただ右側から吹いてくるのではなく、右斜め前の高い上方からまず渦を巻いて、下降ぎみに回転しながらだんだんこちらに吹いてきて、私の頬を通って、吹き抜ける。
次の風は、右斜め後ろ、そんなに高くないところで渦を巻き、数回回ってから、私の右耳と背中を打って、吹き抜ける。

ひと風ひと風、様々な微妙に異なるところから吹き始め、それぞれユニークなパフォーマンスを披露しながら、私に挨拶をし、吹き抜けていく。

初めて感じる風の姿。

瞑想のことは忘れて、ひたすら次の風がどこから来るのか感じてみる。

と、強い風が止まった。急に止まった。
里山の麓から聞こえるブルトーザの音。それから鳥の声。

すると、今度は、左少し斜めの方から漣のような風が平にスーッと吹いてくる。
左頬をなでる。
漣はわずかな音を立てて、止め処も無く私の左頬にぶつかる。
さっきの風とは全く違う!

風達の競演だ。

ふと、目を開くともう20分も風と遊んでいたことになる。

丁度時間だ。ティカップとクッション、ブランケット、そして、充足感を携えて、皆の待つところへ戻る。穏やかに。

風達の姿を知った自分となって。
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# by phytobalance | 2006-03-05 21:23 | 森・Forest

土いじり

結構、土いじりが好きだ。

バルコニーで家庭菜園を始めたのは昨年のことだけど、もう長年部屋には沢山の観葉植物を置いてある。手入れは、週1回ただ水をあげ、たまに話しかける程度だけど、年に2回ぐらい、植え替えや、挿し木する時に、バルコニーに土の山を作って、土いじりをする。

ある時から、都会で生活していると、土をさわることがほとんどない!土がどこにあるのかもわからない!と気づくようになった。意識的に土と向かわなければ、わたし達はずーっと土無しの生活をしてしまうのである。

最近の子供達が、情緒不安定だったり、様々な精神的障害を持つのは、土をいじったりして遊ばないからだそうだ。


アーユルヴェーダでは、世の中は、地・水・火・風・空の五大元素からなる、という。
このうち、地とは、土を意味する。

「土」自体から想像できるように、元素としての土の特徴は、固まっている、安定している、ものとものとを結合する、などである。

さらに、アーユルヴェーダでは、この五元素の組み合わせで、
体質の特徴をヴァータ・ピッタ・カパという3種類に分けている。
そして、人々は、これらの3体質を大抵少しずつは持っていて、どれが一番強いか、弱いか、などで、人の体質を見極めていく。

この3体質のうち、土の性質をもっているのは、カパである。
カパの特徴はいくつかあるが、ヴァータやピッタと相容れない特徴に、「安定」というものがある。

なるほど、もしかすると、現代の人々は、昔とくらべ、強いカパ体質を持っている割合いや、数が低下しているのかもしれない。


私は3つのうちで、カパ体質が最も低い。
たまに土いじりをするのは、きっと、必要に迫られているからに違いない。

「安定」するために。
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# by phytobalance | 2006-03-02 13:37 | 心・Heart&Soul

良く噛んで感じる

ここのところ、立て続けに、「よく噛んで食べましょう。」というフレーズを聞く。

これは、わたし達が小さい頃から、親や学校の先生から何度と無く言われていることであるが、これは、本当に本当に大切なことである。

もちろん、わたし達は皆、良く噛んだ方が良いことは知っている。
でも、実践しているとは限らない。
実際私は、噛む回数が少ない。食べるの速いし。

良く噛んだ方がよい理由は様々だ。なかなか面白い。

・口の中でよく噛んで食べ物を小さく砕いて、また唾液中の酵素をしっかり使うと胃の負担が軽くなる

・良く噛んで食べた方が、癌の発生率が少ない。
実際、ちゃんと実験されたそうだ。

・噛み切る力は、わたし達の運動機能の中でも一番くらい強い。
だから、運動だと思って、50回は噛む。つまり、運動不足解消のため。

・噛むと脳の細胞が活性化する。100回は噛む。
痴呆症は、噛めないか、歯がない人が100%を締めているから。

どれも医師の方々が言っていたこと。
そこまで言われると、健康に携わるものとして、ちゃんと噛めるようにならなくては。

と、50回噛みを実施する。
とても退屈である。おしゃべりするわけにもいかず、ただただ噛む。
数を数えながら噛む。
でも、数回やっていくと、少しずつなれてくる。

そして、感じた。

もしかすると、自分は虫歯があるのかもしれない。直感的である。
今年になってから、自分は緊張しているわけでもないのに、妙に奥歯をかみ締めた感、かすかなる痛みがある。
そうだ、そろそろまた歯医者へ行こう!

数日続けると、和食系は、だいたい多めに噛むのが普通になってくる。
これまで、あまり量を食べ無くても何となく食後胃が重い感があったのだが、それが軽減されているような気がしてくる。

きっと、噛み噛み効果だ。


久々にフランスパンのサンドイッチを買った。
これは、噛みがいがあるだろう。

と、一口。
見かけの美しさとは裏腹に、ものすごーーーーく固いフランスパンだった。
3回くらい噛んでもちゃんと噛み切れない。

これは、これは、数えがいがある食べ物だ!
一口食べただけで、もう、顎が痛かった。

いや、でも、ここで、諦めたくない。
そして、一口一口、ちゃんと数を数えながら食べた。

はぁー。これは明日筋肉痛になりそうだ!!!

と、ふと気づく。これだけの大変なことを毎回胃にやらせていたのか!!!
胃には、胃液など消化液が沢山あるのだろうけど、負担は負担。

そういえば、長い間、リフレクソロジーやマッサージ、エネルギーワークなどのセラピーをやっていただく度に毎回、
「胃が弱ってますねー。」とか、「胃が冷えてますねー。」と言われていた。
膝関節の痛みを、
「これは、胃の痛みを膝が肩代わりしている。」と
さえ言われたこともある。

かと言って、胃が痛いわけでも、胃の検査でひっかかるわけでもなかったので、あまり気にしていなかった。

でも、結構、胃が弱っているのかもしれない。


やっぱり噛むことは大切だ。

大切な気づきを与えてくれる。
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# by phytobalance | 2006-03-01 18:29 | からだ・Body

ゆったりとハーブと遊ぶ

ばたばたと2月が過ぎていく今夜、やっとゆったりと時間がとれて久しぶりにハーブで遊ぶ。

試してみたいハーブティブレンドがあるのだけど、そのなかの大事なハーブが切れていた。
少し残念だったけど、気を取り直して、基本に戻ってシングルで、ハーブティを飲む。
そうそう、香りや味からくる感覚やイメージを大切にするのだった。

ラズベリーリーフとアンジェリカ。
どちらも婦人科系に良いハーブ。
ガラスのハーブティカップを二つ並べて、同時にお湯を注ぐ。
薄い黄色と薄い茶色。
ちょっと、嬉しくなる。

ラズベリーリーフ。
シングルではあまりおいしくない、と思っていたのだが、お香の香りで、少しだけ渋味感があって、ちゃんと飲める!ちょっとビックリしたので、その他のイメージは無し。

アンジェリカ。
これは、、、お香っぽくもあり、古い建物の木の香りだな、と感じた。
と、当時に、古いお寺のイメージが出てきて消えなかった。
何故かな?

全然違う味なのに、両方ともお香の味がする。
おもしろがって、交互に飲む。
やっぱり味は全く違う。でも、お香だ。。

それからイメージを広げてみる。
何とブレンドしたら、よりおいしく、飲み易くなるだろうか。。
ラズベリーリーフとアンジェリカでは、ブレンドしたいハーブが違う。
根拠は特にないのだけど、そう、イメージされる。


ちょっと気になったので、17世紀の薬草学者であるニコラス・カルペッパーの本をパラパラ。
ハーブの絵が描いてあって、とてもきれいな本なのだが、英語なので、めったに開かない。

あっ!

アンジェリカは、"Holy Ghostのハーブ"、とある。
聖なるお化け!??

ちょっと、古いお寺のイメージに納得。


もう一杯飲みたーい。
と、何となく選んだのは、パッションフラワー。

あぁ、納得。お休みタイムだ。

ゴールドに輝くパッションフラワーティをすすりながら、ブログを終わろうとしている。
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# by phytobalance | 2006-02-28 22:48 | ハーブ・Herbs

環境に順応するわたし達

ヒトは、環境に順応する。

自然環境にも順応するだろうし、社会環境にも順応する。
そして、仕事環境にも順応する。

このヒトの順応力は、素晴しくもあり、恐ろしくもある。

「えー、この人が党首なの?党首っぽくないねー。」とか、
「この人が首相??」とか、思ったことはきっとあるだろう。

でも、ひと月もしないうちに、その人達は党首っぽく見え、首相っぽく見えてくるのである。
それは、連日メディアを通して、党首である、とか、首相である、とかインプットされるからでもあるだろうけど、実際、本人達は、日々、党首や首相としての役割をしなければいけないので、例え突然の抜擢であろうとも、選ばれたのであろうとも、その役割を担う人たる風貌になっていくのである。もちろん、実力はともかくとして。

会社でも同じだ。
たまに、大抜擢がある。
「えー、この人が部長になったの??」と、感じても、
その人はふた月もしないうちに、部長の役割をそれなりにこなすのである。

だから、自分にはちょっと無理そうな役割が回ってきたり、または、誰も手をあげない大変そうな役割がそこにあったら、自分の実力や自信はともかくとして、やってみることをお勧めする。
「私には、自信がなーい。。」と思う必要は全く無い。
その役割につけば、ちゃんと順応するのである。ちゃんとできるのである。
仮に、結果がよろしくなかったとしても、やった!という実績は残るし、学びは沢山ある。
やって損なことは、ほとんど無い。

人の順応力の素晴しい点である。

一方、どんなにやる気を持って入社しても、社風がダラダラしていたり、たまたま運が悪い部署に配属されたりすると、その環境にも順応してしまう。

新卒で入社した場合は特にそうだ。
新社会人達は、多大な希望を持って入社するのに、心無い上司の下に2年もいようものなら、それが会社で、それが社会、だと思ってしまって、それが身についてしまうかもしれない。
超一流大学を卒業したとしても、そして、大企業に入社したとしても、そこの環境がよろしくなければ、よろしくない仕事の姿勢を無意識的に持つようになってしまうのである。


だから、環境というものは、大切である。

自然環境が侵されれば、当然、わたし達の健康も脅かされる。
仕事環境や社会環境と同じように。

でも、その環境をわたし達が創っているのだと、考えたことはあるだろうか。
ヒトは仕事環境や社会環境を創り、そして、自然環境にも多大な影響を与えてしまっている。

良い環境を選ぶことは大切だけれども、自分は良い仕事環境、社会環境、そして、自然環境を創っているだろうか、と自問することが更に大切なのだと感じている。
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# by phytobalance | 2006-02-27 17:43 | 日常・Daily Life

大自然に包まれる時

人生で初めて「登山」をしたのは、中学生の時。槍ヶ岳に登った。

初めての山頂。生まれて初めて「下界」と言う言葉を感じる。
山頂からながめる雄大な景色。人生で初めて自分のチッポケさを感じる。


グランドキャニオン。
ノースリム(北側)から初めて見る渓谷。
もう何十回も写真で見た風景だったけど、その広大さは筆舌に尽くしがたい。
一箇所に居るだけで永遠に広がるかと思わせる空間を感じる。
グランドキャニオンでだけ感じるスペース感だ。


ナイアガラの滝。
そのスケールや水の激しさが「恐れ」を抱かせる。
その激しさは、衰えることもなく、休むこともない。
自分の無力さに、ただその激しさに引き込まれたい、とさえ感じる。


ハワイ、カワイ島のビーチ。ただ波を見る。
波は穏やかにビーチを打ち、静かにしかし強さとともに引いていく。
美しい。これ以上の美しさは何もいらない、と思う。


宮古島、水中。
無重力感に身を任せ、ひっくり返って、水中20mから海面を眺める。
太陽の光にキラキラ反射させながら魚の群れが視界を流れる。
そのまま眠ってしまいたくなる。


そして、深い深い森に引き寄せられる。
もうすぐ、森の中にいる。
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# by phytobalance | 2006-02-26 21:12 | 森・Forest